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スペシャル対談

通算100号を記念して、鈴木博之氏と五十嵐太郎氏に「建築の30年と建築メディア」に関して語っていただきました。

ライブエナージ100号記念対談 建築の30年と建築メディア 青山学院大学教授 鈴木 博之 × 東北大学大学院教授 五十嵐 太郎

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鈴木 博之

鈴木 博之 氏 プロフィール
Suzuki Hiroyuki

1945年
東京生まれ
1968年
東京大学工学部建築学科卒業
1974年
東京大学工学系大学院博士過程満期退学
東京大学工学部専任講師
1978年
東京大学助教授
1990年
東京大学大学院教授
(工学系研究科建築学専攻)
1993年
ハーヴァード大学客員教授(美術史学科)
2009年
東京大学定年退職

現在 青山学院大学教授、博物館明治村館長
紫綬褒章、モニサラポン勲章(カンボジア王国)等
受賞多数

<主な著書>
「建築の世紀末」晶文社、1977年
「東京の地震」文芸春秋社、1990年
「見える都市見えない都市」岩波書店、1996年
「都市へ(日本の近代 10)」中央公論新社、1999年
「皇室建築」建築画報社、2005年

vol.48 空間談議(お相手:石山修武氏)に
ご登場いただきました。

五十嵐 太郎

五十嵐 太郎 氏 プロフィール
Igarashi Taro

1967年
フランス・パリ生まれ
1990年
東京大学工学部建築学科卒業
1992年
東京大学大学院修士課程修了
2005年
東北大学助教授(准教授)

現在 東北大学教授、慶応義塾大学非常勤講師、(社)日本建築学会「建築雑誌」編集委員会委員長等も務める

<主な著書>
「終わりの建築/始まりの建築」INAX出版、2001年
「戦争と建築」晶文社、2003年
「過防備都市」中央公論新社、2004年
「現代建築に関する16章」講談社、2006年
「新編新宗教と巨大建築」ちくま学芸文庫、2007年
「被災地を歩きながら考えたこと」みすず書房、2011年
「現代日本建築家列伝」河出書房新社、2011年

vol.82 空間談議(お相手:藤本壮介氏)、
vol.86 空間談議(お相手:迫慶一郎氏)に
ご登場いただきました。

■近代から現代までの建築

鈴木今日のテーマは「建築の30年と建築メディア」ということですが、この100号を迎えた『ライブエナージ』の創刊が1981年ということで設定されたテーマです。五十嵐さんが大学を卒業されたのは、バブル全盛期の80年代終盤ですよね。

五十嵐経済が上向きで、建物もどんどんつくられていく時代で、『新建築』は広告だらけで分厚いのが当たり前の時期でした。今考えれば、とても特殊な状態だったんですね。
 今日はメディアがテーマなので伺ってみたいのですが、僕には、建築の中で議論されていることの濃密さが、60年代、70年代のほうが熱かったように見えます。その時代をご覧になっていていかがでしたか。

鈴木そうですね。60年代というのは、機能主義の建築についてどこかおかしいという感じをみんなが持つようになった時代だと思います。実は僕もその時期、同世代の建築家とは「50年代の建築が面白い」と話していました。坂倉準三さんなどの50年代の仕事を見ると、ある意味ではまだ貧しいのだけれど、建築の基本的構造が建築をつくりあげているという、そのものが見えてくるんですね。それがそうではなくなっていくのが60年代後半です。メタボリズムという新しい建築理論が盛んになっていたけれど、ストレートにわかる建築表現ではなくなってしまって、社会とどこかで遊離し始めているのではないかと思われました。その後、オイルショックになって、それをうまい具合に乗り越えて次のステップに進んだのが80年代。バブル繁栄の時代であり、建築はポストモダニズムの時代です。そこでは機能主義的な建築表現というのが明らかに無機能的な建築表現に取って代わられて、それまでの建築とは違うレベルの意味を持った。建築というのは、文化的アイコンであればそこに価値があるというところにいってしまったのではないかと思います。その揺り戻しは、もう少し後のことですね。

五十嵐僕が学生だった頃は、50年代の建築は全く興味の対象にならなくて、多分最も忘却された時代だと思うんですね。今は、イームズやプルーベが再評価され、カーサブルータスでも紹介されますが、当時、彼らについて学生は関心を示さず、正直言って、名前も知らなかった。

鈴木その頃はそうでしたね。

五十嵐90年代の後半くらいになって、ポストモダンがもう駄目なのではないかみたいな雰囲気が蔓延し、近代の回帰が起きました。例えば、95年の阪神淡路大震災で、ディコンストラクティズムのデザインも一気に熱が冷めたりといろいろあって、モノの評価というものは30年で本当に劇的に変わるのだなということを身を持って感じました。

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