LIVE ENERGY

現代建築考文 : 藤森 照信

現代建築考 5 内之浦宇宙空間観測所

組立工場の軒まわり

現代建築考 5LIVE ENERGY vol.75掲載

内之浦宇宙空間観測所

東京大学教授 藤森照信

(写真 = 下村純一)

日本の宇宙開発は、アメリカやロシアと違い、大学の一研究者がスタートさせている。戦後すぐのことだが、東大の生産技術研究所の機械工学の教授だった糸川英夫博士が鉛筆大のロケットをつくり、ペンシルロケットと名付けて発射させた。鉛筆大は棒杭大になり、さらに電柱大になったあたりで、生産技術研究所とは別に宇宙開発のための研究所が新たに設けられた。どうして私がこの辺の事情に詳しいかというと、私の属するのはかつて糸川博士のいた生産技術研究所だからだ。
ロケットのための新しい研究所は、本拠を東京に置き、鹿児島の内之浦に打ち上げ場をつくった。他の場所でつくられたロケット部品がここに集められ、組み立てられて発射される。ロケット開発のための晴れ舞台ということになるが、その建築設計を担当したのは当時、生産技術研究所の建築の教授だった池辺陽。
私は授業を受けているから、おおすじどんな設計をするかは知っているが、住宅がほとんど、それも工業製品を前面に出した住宅がほとんどで、長いこと好きになれなかった。鉄骨をむき出しにするとか、スレート板や金属板を外壁に打ち付けるとか、まるで工場や倉庫みたいに風情のない住宅ばかりだから、好きになれないのは当然だが、でも、戦後の日本の建築界が掲げた“科学技術の時代にふさわしい建築表現を”というスローガンに照らせば、好き嫌いは別にして、池辺陽の作品は戦後のモダニズム建築の王道を歩いたと評価すべきだろう。

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アルミパネルによる立体トラスの外壁

で、この度はじめて、心を決めて、池辺の代表作を見に鹿児島の内之浦に出かけた。
内之浦は大隈半島の南端にある。打ち上げ場は、海辺ではなくて海を眼下に望む山の中腹にある。まず目指したのは、打ち上げ場の中核をなす組立工場。一目見て「もっと早く来るべきだった」と反省した。もっと早く見ていれば、私がこれまでしてきた池辺評価は大きく変わっていたに違いない。いいのだ。他の住宅作品には見られないような美しさがある。工場や倉庫のような建物に違いないが、風情というか味というかそういう類のものが確かにある。

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1階のコンクリート部分は後の嵩上げ。右手も増築

立ち止まって眺めながら、周囲を歩きながら、いろんなことを考えた。見る人の思考を誘発する力を持った建物なのである。
それにしても珍しい表情をしている。ピラミッド状に中央の凸起するアルミのパネルを並べ、その頂部をバーでつないで一種の立体トラスとする。他に例のない立体トラスだが、それ以上に、こういう幾何学的に凹凸する金属パネルを外壁の表現とした建築は、これ以前にも以後にも世界にあったろうか。これ一つなのだ。これ一つだから他の例と比べてあれこれいいようもないのだが、このイメージはいったいどこから湧いたんだろう。いったい何につながるイメージなんだろう。

あたりを歩き回りながら、遠く海上に目をやりながらイメージをさぐるうちに、思い当たるものが一つ浮かんだ。宇宙ステーションではあるまいか。宇宙ステーションのなかでも、太陽エネルギーを吸収する羽根状のパネルに似ている。
と思い当たった後、でも、マ・テ・ヨ。これがつくられたのは1962年だ。その頃はまだ、アメリカもソ連(現・ロシア)も人工衛星は飛ばしていたものの、宇宙ステーションはつくっていなかった。ということは、宇宙ステーションのまだない頃に、池辺は、暗い宇宙空間に浮かぶ銀色の宇宙ステーションのイメージをとらえていたことになる。
池辺は、糸川博士のすすめるロケット開発、宇宙開発に、生産技術研究所の一員として内側から関わっていた。そのことを池辺は、この建物を発表した専門誌のなかで強調している。おそらく、内側から関わっているなかで、まだ見ぬ宇宙ステーションのイメージが、池辺のなかに結晶化していったのではないだろうか。

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