LIVE ENERGY

現代建築考文 : 藤森 照信

現代建築考 12 横手興生病院

中庭側の見上げ

現代建築考 12LIVE ENERGY vol.82掲載

横手興生病院

東京大学教授 藤森照信

(写真 = 下村純一)

戦後の建築史の中で、謎の人物といえるのは白井晟一くらいだろう。
生涯の経歴も人物像も謎めいていたが、それは白井自らが世間に向けて演じた姿に過ぎないから問題にする必要はない。本名は白井成一で、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)の意匠科を昭和3年に卒業している。建築ではなくてグラフィックデザインが専門で、卒業制作はオーケストラ公演のポスターだった。
本当の謎は、謎の一つは、白井の使うデザインヴォキャブラリーの特異性にある。世に主流とズレた設計をする異端的建築家はいるが、そのヴォキャブラリーはたいてい日本の伝統とかヨーロッパの古い建物とか民家に起源を持つから見え見えなのに、白井の場合、おいそれとは見当もつかないのだ。
例えば、今回の病院を見ていただきたい。印象を決めているのは壁にあいた小さな丸い穴だが、どこから来た形なのか。白井が自分でゼロから考えた可能性もないではないが、この安定性、この完成度からして、何か歴史をさかのぼったところに源があるように思われてならない。

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給食棟。1階は厨房、2階は食堂になっている。
丸い穴はアルミ製のブロック。

こんなに大量に穴をあけた例はこれだけだが、少数の例としては、名作として知られる松井田町役場とか親和銀行銀座支店とかがある。肝所にポイントとして数個並べている。
改めて眺めると、変わったデザインヴォキャブラリーだ。もっと大きい丸窓はふつうに使われているが、この小さな穴では窓としては使えない。通風を考えた日除けのルーバーならあり得るが、その場合、丸にするかどうか。ふつうなら四角な穴にするだろう。丸い窓ばかりビッシリ並べたもんだから、この病院が出来た頃、周囲の子どもたちは、お化け蜂の巣と言って怖がったという。小さな丸い穴は建築ではほとんど使われることはない。
この異例な丸い穴の源を私は知っている。私だけが知っているのかもしれない。なぜなら白井晟一の最初の名作〈歓帰荘〉(昭和12年)を見ているからだ。出来てしばらくして使われなくなり、私が“発見”してしばらくして取り壊されたから、ごく少数の関係者しか知らない幻の名作である。

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管理棟。2階部分が出っ張ってぐるりと回る。
出っ張りの上端は改修されている。

ステンドグラスがはめられていて、そのガラスの割り付けは小さな丸の並びだった。そして、丸の並びがとても印象深く、一目見た時に、戦後の白井建築の謎の丸い小穴の原型と分かった。小さな丸が並ぶステンドグラスのさらに元をたどると、ローマ時代の教会のガラスに行き着く。クラウンガラス(王冠ガラス)という丸い小さなガラスである。
古い古い時代に起源を持つガラスの造形を、建築の壁に持ち込んで穴として使い、さらにそれをこの建物で全面展開したのである。その意味では白井の一つのピークといえよう。

横手興生病院でもう一つ興味深かったのは、壁の上端や、張り出した床の下端の納まりで、直角に切らず、カーブさせている。隅が丸味を帯びているのである。
そうすると当然のように雨仕舞が悪くなり、上端ではパラペットの雨はそのまま壁に伝ってくるし、出っ張り部の下端では、壁を流れる雨が切れずに天井面へと伝ってくる。で、結局、後に改修されているが、隅部に丸味を付ける納まりはまだ随所に生きている。
白井作品はこれまでいくつも訪れているが、“隅丸”の一件についてはっきり意識したのは今回がはじめてだった。
雨仕舞については最悪の作りに白井はどうしてこだわったんだろうか。どうして直角ではだめだったのか。一つの仮説が思い浮かんだ。“土の建築”が念頭にあった可能性はないか。ふつう白井の建築はロマネスク様式と関係づけられ、“石の建築”が造形の元になっていると思われているが、石とは別にもう一つ土があったんじゃあるまいか。土の建築は雨には弱いが。

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