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現代建築考文 : 藤森 照信

現代建築考 13 ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)

右手奥に向かって岩山のように盛り上がる全体構成

現代建築考 13LIVE ENERGY vol.83掲載

ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)

東京大学教授 藤森照信

(写真 = 下村純一)

フランク・ロイド・ライトの作品は、北アメリカ(アメリカ、カナダ)以外には日本にしか存在しない。日本は、20世紀の4人の巨匠、ライト、コルビュジェ、ミース、ガウディのうち2人の作が現存する例外的な国なのである。
ライトの日本現存作としては、帝国ホテルの一部、自由学園、旧林愛作邸、そして今回のヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)の4作を数えるが、往時の姿をよく伝えるのは、残念ながら自由学園とヨドコウ迎賓館の2つだけ。
現在4作のうち、ヨドコウ迎賓館だけが東京以外の阪神間にあるのは、施主の山邑太左衛門が“櫻正宗”の銘柄で知られる名門酒造会社のオーナーで、本拠は灘にあったからだ。太左衛門の別邸として、灘を眼下に望む六甲山の山麓につくられた。
この建物の存在が学会に報告されたのは30年以上前の私が大学院生時代のことで、その時、一番のテーマは、設計者がライトか弟子の遠藤新か、ということだった。旧山邑家住宅が完成したのはちょうど『新建築』誌の創刊の時期と重なり、創刊号の巻頭をライト設計作品として飾ったのに、弟子の遠藤新説が出てきたのは、完成時にライトは日本を去っていたのと、棟札にはライトではなく、遠藤新の名があったからだ。

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屋上光景

研究によって、ライトが設計をし、ライト離日後は遠藤が施工を監理して完成させたことが明らかになり、今では、自由学園同様、ライト設計+遠藤監理、で落ちついている。
作品の質は、ライトと遠藤では差があり、見ればすぐ分かる。遠藤の作は伸びやかさに劣るところがあるといえばいいか、創造した者とそれに学んだ者の違いといえばいいか、鮮烈さがちがうのだ。ライトの引いた線は走っている。スピード感がある。

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主室。伸びやかな空間こそライトの生命

久しぶりに訪れ、神戸の地震の傷もきれいに復原修理され、ヨドコウの手でしっかり管理されている建物を一巡し、テラスに出て、まず海に目をやり、ついで町の屋並みを眺め、最後にのぞきこむようにして建物の足許を見て、はじめて訪れた日のことを思い出した。
存在が建築史家の坂本勝比古氏により確認された頃、旧山邑家住宅は空家になっていて、門は閉められ、高塀がめぐらされ、見学はおろか、近寄ることもできない。で、当時、建築探偵稼業をスタートさせたばかりの大学院生は、南側の崖をよじ登って建物の足許までは近づいたが、足許をぐるりと回っておしまい。中も印象的な屋上も上ることはできなかった。崖を登ったせいでもないが、六甲山の岩山が平地に向かって迫り出したその尾根の突端に旧山邑家住宅はあるばかりか、ゴワゴワした岩山から生え出たようなゴワゴワしたデザインであることを思い知らされた。岩が空に向かって盛り上がり、そびえる印象。

東京の帝国ホテルや、とりわけ自由学園とはそうとうちがう。
よく知られているように、来日以前のライトはプレーリースタイルで鳴らしていた。アメリカの大平原(プレーリー)の光景に合わせ、軒を深く差し出した平べったいスタイルである。自由学園も帝国ホテルも林愛作邸も、水平性強調のスタイルなのに、どうして旧山邑家住宅は、垂直性を強く意識し、ゴワゴワと盛り上がるような姿になったんだろうか。
この変化について考え、私の到達した結論は、六甲山である。大正期の六甲は、今のように緑には包まれておらず、御影石がゴワゴワと重なる岩山だった。旧山邑家住宅の周りも岩がむき出していたことは、『新建築』創刊号で分かる。
地形に合わせて、ライトは造形を考えたのである。
旧山邑家住宅を残して帰国後、ライトはロサンゼルス郊外でゴワゴワと盛り上がる新しいスタイルをスタートさせているが、源は六甲にある、と私はにらんでいる。

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