LIVE ENERGY

甦る建築文 : 矢野 和之

甦る建築 22 東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)

玄関とガラスレリーフ(ルネ・ラリック作)

甦る建築 22LIVE ENERGY vol.84掲載

東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)

株式会社 文化財保存計画協会 矢野和之

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大食堂と企画展示の状況〈「大正シック」展より〉

東京都庭園美術館は、目黒駅近くの白金台の緑豊かで広大な敷地の中にあります。門からなだらかなカーブが続く森の中の道を辿ると、ぽっかり開いた広場の中に近代的な建物が現れます。アール・デコの粋を集めた建築として有名です。
この建物は昭和8年(1933)朝香宮邸として完成しました。戦後、吉田茂首相兼外相公邸の後、国賓・公賓の迎賓館などに使用され、民間の所有となっていたものを東京都が買い取って、昭和58年(1983)10月庭園美術館として開館したものです。アール・デコ建築そのものが世界でも多くはない上、住宅建築で残っているものが極めて少ない中、日本で生まれ、ほぼ当初の形が残ってきたということは奇跡的ではないでしょうか。

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次室と香水塔(アンリ・ラパン作)

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小食堂と着物の展示物〈「大正シック」展より〉

フランスの画家・装飾美術家であるアンリ・ラパンを中心として、ガラス工芸家ルネ・ラリック、彫刻家ブランショ、鍛鉄工芸家マックス・アングランが参加しています。しかし、全体の基本設計、実施設計・監理を担当したのは当時宮殿造営などを手掛けていた宮内省内匠寮です。
なぜ日本に世界的にも高いレベルのアール・デコ建築が出来たのか。それは、偶然と必然の交錯した結果といえるでしょう。
建築主は、朝香宮鳩彦王殿下でしたが、大正12年パリ留学中に交通事故に遭ったため、看病のため駆けつけた妃殿下とともに大正14年まで長期滞在しました。このため、大正14年に開かれた「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(通称アール・デコ博)を訪れることになったのです。一方、後に朝香宮邸の設計を担当することになる内匠寮の権藤要吉が丁度このころ貴族住宅や博物館の研究のために視察にきており、アール・デコ博を訪れています。これらの偶然により、後に朝香宮邸が当時最先端の建築思潮を取り入れた質の高い住宅建築を生み出すもととなるのです。住宅建築の傑作は、施主と設計者の間の信頼関係と両者の高いセンスが合致した時に初めて可能となるからです。

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2階ホールは内匠寮のデザイン

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ウィンターガーデン

必然は、アンリ・ラパンやルネ・ラリックという世界的に最も高い評価の作家の登用と、内匠寮の建築家たちの腕の確かさです。内匠寮は、宮殿、皇族や貴族の住宅などをてがけてきましたが、当時は洋館と和館を組み合わせたものが一般的でした。和館は書院造、数奇屋造などをベースにした御殿建築、洋館は古典主義的西洋建築など、木造、煉瓦造、鉄筋コンクリート造などあらゆる様式・技法に対応できる集団でした。加えて、アール・ヌーボー、アール・デコ、表現主義、インターナショナル建築など近代建築や工芸の運動とも無縁ではなかったのです。また、アールデコは桂離宮など数奇屋の意匠に通じることも重要な視点です。
旧朝香宮邸は、鉄筋コンクリート造のフラットルーフとなっており、外観は極めてシンプルで、インターナショナルスタイルに近い特徴をもっています。しかし、玄関を一歩入るとルネ・ラリック作のガラスレリーフが内部の空間の期待感を否が応でも高めてくれます。アンリ・ラパンの内装設計による玄関、大広間、小客室・大客室、大食堂、殿下書斎と、内匠寮の設計による階段・2階ホール、妃殿下居間、ベランダ、北の間、ウィンターガーデンなどが何の違和感もなく連続していくのはすばらしいことです。加えて、朝香宮と允子妃の高いセンスが窺えます。

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外観はシンプルで、昭和初期建築の息吹を表している

この美術館は、絵画や彫刻などを所蔵して常設展示を行なうところではなく、企画展示を主としています。近代建築を博物館や美術館に内部改装して活用する例は多いのですが、ここでは建築そのものにはほぼ手を付けることなく、展示できる方法を採っています。それは内部空間の装飾の質が極めて高く、その空間自体が展示物であるからです。このため、展示の企画は限られたものとなるでしょうが、この建築と何らかの関連のあるテーマを選びながら絶妙の運営がなされているといってよいでしょう。
改装を出来るだけ抑えることも再生計画のひとつの考え方といえるでしょう。

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