LIVE ENERGY

甦る建築文 : 矢野 和之

甦る建築 26 安曇野髙橋節郎記念美術館(長野県安曇野市)

再生された髙橋節郎の生家

甦る建築 26LIVE ENERGY vol.88掲載

安曇野髙橋節郎記念美術館(長野県安曇野市)

株式会社 文化財保存計画協会 矢野和之

長野県の安曇野には美術館が多く、古くは「碌山美術館」、新しくは「安曇野ちひろ美術館」など名建築も多く存在します。 これらの建築たちは、雪を戴く雄大な北アルプスの山々を遥かに望む田園風景の中に溶け込むように存在しています。空気が澄み、湿気の少ない高原の安曇野は、美術館の立地としては抜群の場所といえるでしょう。
現代工芸美術界を代表する漆工芸家・髙橋節郎は旧・穂高町(現・安曇野市)北穂高狐島で生を受けましたが、旧・穂高町は、その生家(登録文化財)とその周辺を敷地として安曇野髙橋節郎記念美術館を建設しました。

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生家から「南の蔵」を望む

髙橋節郎は、鎗金という手法を駆使し、黒と金を基調に、幼い頃身近に触れ心の核として蓄積された安曇野の自然・天空・山々・四季・古墳などを、壮大かつ幻想的な作品として表現しています(髙橋節郎記念美術館パンフレットより)。髙橋の感性を養ったこの安曇野の風景の中に、生まれ育った生家の敷地に記念美術館が存在することは、まさに理想的な場であることは言うまでもありません。
美術館は、髙橋節郎の作品を収蔵し展示する本館と、彼が少年時代を過ごした生家がワンセットとなっています。本館は平屋の鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート造)で周りの風景に景観上の圧力をかけないように配慮されています。

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生家を修理し、内部を展示施設に

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美術館からは、「南の蔵」の横を通って生家へ

生家は江戸後期創建の茅葺で、平面は広間型。この地域の上級農家の典型といえます。他に3棟の蔵と庭園・屋敷林で構成されていました。
美術館建設に当たり、髙橋節郎の生家としての価値だけでなく、古民家としても、上級農家の屋敷構えを伝えるものとしても歴史的価値が高いものの保全と、芸術家の事績を顕彰する美術館としての機能との調和をどのように解決するかが、この計画の大きなテーマであったことは容易に想像できます。特に、本館と生家の再生の設計者が異なっているため、両者のコラボレーションが課題となりますが、この作品はコミュニケーションがよく取れていたことが覗えます。
主屋は江戸後期に創建された後、明治初期に座敷2間が増築され、さらには北側が増築されていました。200年以上の風雪に耐えた生家は、かなり傷んでいましたが、屋根葺き替えと軸部の調整を行ない、見事に甦りました。文化財建造物としての修理なら江戸時代または明治の増築時期に合わせて復元することとなり、生家としての顕彰ならば、髙橋節郎の住んだ時期そのままを留めることを目標としますが、美術館としての機能を併せ持つために、勝手や便所を撤去してあります。さらに展示空間を広くとるために土間部分を広げてあります。展示空間には、髙橋の少年期の絵やノートなどの展示がなされるだけでなく、芸術・文化にかかわる活動の場としても貸し出しています。

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美術館から「南の蔵」を望む

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髙橋節郎記念美術館エントランス

ここで注目されるのは、本館と主屋の間にある南の蔵の取り扱いでしょう。本館はガラス・鉄骨・コンクリートからなる現代建築ですが、茅葺の生家との間にある海鼠壁と白漆喰の壁から成るモダンなイメージを与える蔵が、絶妙の緩衝となって異次元の空間どうしの橋渡しをしていることです。本館からガラス越しに水庭と石庭の先にある蔵が木の間隠れに見えますが、さらにその向こうにある茅葺の生家は見えません。蔵の脇を通る路の先に生家があることの期待感をもつような演出も成功しています。この南の蔵は、再生前は傷みが激しかったこともあり、大胆にギャラリースペースとして改装が行なわれ、生涯学習のために市民が利用できるようになっています。西の蔵と北の蔵の2棟は一部収蔵に使用する他は、そのまま残されています。歴史的建造物の再生と現代建築の共生をテーマにした好例として挙げられるでしょう。

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