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甦る建築文 : 矢野 和之

甦る建築 30 桐生ノコギリ屋根工場群(群馬県桐生市)

お菓子屋さんに生まれ変わった青柳店舗(旧東洋紡織工場)

甦る建築 30LIVE ENERGY vol.92掲載

桐生ノコギリ屋根工場群(群馬県桐生市)

株式会社 文化財保存計画協会 矢野和之

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お菓子屋さんに生まれ変わった青柳店舗 内部
(旧東洋紡織工場)

養蚕の盛んだった群馬県には、江戸後期から明治・大正期の養蚕農家が現在もよく残り、明治5年(1872)には官営模範工場の富岡製糸場が建てられました。絹織物は、西の西陣、東の桐生と言われるほど盛んでした。養蚕・製糸・織物という一貫した絹産業が発展した地域です。明治・大正・昭和初期と、生糸は輸出品の中で最大のシェアを占め、日本の近代化を支え続けました。

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パン屋さんに生まれ変わったベーカリーレンガ(旧金谷レース工業)内部

桐生は、関東の中でも立地上絹織物生産に適していたといえます。養蚕の盛んな地域にあり、染色に適するきれいな水が豊富であることなどが理由です。西陣との関係を深めながら、絹織物の生産が高まっていきます。明治維新後、洋式機械の導入などとともに生産力がさらに上がり、郡役所などが設置され行政拠点としても発展していきます。在郷町から産業都市へ発展し、本町一・二丁目には現在でも多くの歴史的建造物・伝統的建造物が濃密に残り、ノコギリ屋根工場はその周辺を含めて市内全域に残っています。
桐生の絹織物の生産を支えた工場は、ノコギリ屋根をもつ工場です。これは、イギリスを起源としたもので、大空間を確保しながら安定した自然採光(北側のガラス天窓)を得ることができ、増築が容易な合理的な構造形式です。

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アトリエとなった旧住善織物工場

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アトリエとなった旧住善織物工場 内部

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「有鄰館」として市民活動に寄与している矢野蔵群

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現在も力強く稼働している後藤織物工場内部

 桐生では最盛期には約350棟のノコギリ屋根工場があったといわれていますが、現在3分の1が解体され消えてしまいました。さらにその4分の1のみが現役の織物工場として稼働している状況で、日本における繊維産業の衰退をそのまま表しています。このため、空家となったノコギリ屋根工場の保存・活用が課題となっています。
 このような状況の中で、ファッションタウン桐生推進協議会のまちづくり委員会によって、桐生の個性を形づくる良質な都市景観を形成する建造物を表彰するために、「わがまち風景賞」が平成13年(2001)に創設され、現在約50棟が選定されています。民間主導のこの事業は、市民の中に桐生を愛し現状に対する危機意識をもつ人々が多いことを示しています。
 また、酒・醤油などの醸造業を手広く営んできた近江商人を出自とする矢野商店には、大小11棟の蔵がありましたが、桐生市に所有が移って「有鄰館」と名付けられ、様々な芸術活動が展開され実績を上げてきました。有鄰館を中心に桐生市街地全域を対象に開催される桐生ファッションウィークは、民間を中心に50余りの団体が参加しており、ここでも市民意識の盛り上がりがみられます。
 ノコギリ屋根工場の特徴である広い空間と天窓から入ってくる安定した光は、芸術家のアトリエとしての活用に適しています。桐生で初めての鉄筋コンクリートの壁体をもつ旧住善織物工場(大正10年(1921))は、床暖房など当時最新の設備をもつ工場でありましたが、昭和43年(1968)に織物業を廃業しました。その後、彫刻家・掛井五郎氏のアトリエとして活用され、現在は複数の芸術家の共同アトリエとなっています。また、「無鄰館」と名付けられた旧北川織物工場(大正5年(1916))は、有鄰館の煉瓦倉庫と同じ旧桐生高等染織学校本館・講堂(現群馬大学工学部同窓記念会館)の設計者の文部省技師が設計しており、ここでも色々な芸術家たちが活動しています。
 アトリエとしての活用だけでなく、旧東洋紡織工場は、芸術家や学生の活動の場として展覧会や映画館として活用されてきました。そして工場の一部はこれまで大切に維持してきた所有者の意志を継いで、近くに菓子工場をもつ菓子製造販売「青柳」の店舗として甦っています。さらには、旧飯塚織物工場は、大谷石を壁体に使った豪壮なノコギリ屋根工場でしたが、現在の所有者によりクラシックカーの博物館として活用されています。この他、ワイン蔵、美容室、懐石料理店などに利用されているものもあります。
 函館や横浜、神戸のように歴史的建造物が多く残り、盛んにその再生・活用している都市がありますが、これらはもともと港湾商業都市でした。しかし、桐生のような内陸部の産業都市での試みが成功するかどうかが、ある意味日本のまちづくりの行く末を占うカギとなるでしょう。

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