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甦る建築文 : 矢野 和之

甦る建築 31肉匠 上小沢邸(東京都)

上小沢邸全景。改装でよりシンプルさと水平ラインが強調された。採用はされなかったが、設計当初の屋根案には、スラブ厚が75mmというものがあった

甦る建築 31LIVE ENERGY vol.93掲載

肉匠 上小沢邸(東京都)

株式会社 文化財保存計画協会 矢野和之

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旧ピアノ室

閑静な住宅街の一角に、そこだけがフッと一息抜けるような、空が広く見える空間があります。その広い敷地に小さな平屋のフラットルーフの住宅があります。現在「肉匠 上小沢邸」というレストランです。名前の通り、本来は住宅で、1959年(昭和34年)に完成した建築家・広瀬鎌二氏設計の住宅です。レストランの名に住宅の名を冠してある通り、この住宅建築へのレストランオーナーの強いこだわりが感じられます。

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西面・玄関。見事なコンクリートブロックの構成

竣工時の掲載誌には、「1室住居にピアノ室を加えた家」というタイトルになっています。タイトル通り、台所とサニタリースペースを真ん中に、ピアノ室と寝室・居間とが両側に配置されている極めてシンプルな平面をもっています。クライアントの上小沢氏が、夫婦2人とはいっても、約45という小さな空間の中で、いくつかの改修があったとしても、基本形を変えず、50年もの間住まわれてきたということには驚きを隠しえません。シンプルな住宅とシンプルな生活のスタイルとが融合して、はじめて成り立つものでしょう。
建築家の提案したプランには、生活スタイルのプランも含まれていたといえましょうが、もともとクライアントの考えと合わなければ可能とはなりません。最小限の広さをもつ住宅ではなおさら不可欠のことです。収納もつくり付けの家具だけですが、無駄を削ぎ落とした生活の中で、極めて豊かな生活を愉しまれたのではないかと思われます。

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旧寝室・居間

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埋め込みガラスのトップライトは当初のもので、水漏れはその上部に別のトップライトを設置し、二重にして解決している

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離れは主屋のデザインコンセプトを受け継いで設計されている

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同内部

広瀬鎌二氏は当時、SHシリーズという鉄骨造の住宅を世に問うていました。軽量鉄骨とレンガとガラスによって構成されたフラットルーフの明快な構成を提示していました。軽量鉄骨という素材を十分に使いこなし、工業化とモデュール化、構造・工法、そしてそれらを可能にするディテールと格闘していたという方が正しいでしょう。そしてテーマをもった設計の中で、限られた予算の中で、美しいフォルムを生み出さなければならないということです。コンクリート造では考えなくてもすむディテールに、深く切り込んだ建築家といえます。ある意味では最後の職人的建築家であるともいえるかも知れません。
上小沢邸はコンクリートブロック造となっており、エッジ部分をコンクリートとし、フラット屋根も鉄筋コンクリートとなっています。当時上小沢夫人の意見で、鉄骨ではなくコンクリートとしたそうです。しかし、結局は壁体がブロック造となり、広瀬デザインがしっかりと生きている建築になりました。
水平ラインをシンプルで綺麗に見せるために、逆梁を使ったフラットルーフとし、それもガラスブロックがトップライトとして埋め込まれているために、雨漏りに悩まされたそうです。また、当時断熱性能に乏しい屋根と床は、寒さ暑さを凌ぐには不十分であったといえます。
1974年から2004年にかけて、トップライトの改修から始まり、屋根の断熱や防水また、床暖房の設置、ガラスや建具などもより性能のよいものに取り換え、ベランダもキャンティレバーとし、水平ラインをさらに強調してあります。この改修設計は建築家・神保哲夫氏が担当し、この住宅建築の性能アップとともに、広瀬イズムの踏襲は当然ディテールにも及んでいます。
離れの設計も神保氏が手がけられていますが、この敷地の中で、上小沢邸にいかに合わせるかを十分検討されているといえます。
また、レストランへの改修も神保氏によって行なわれましたが、もともとシンプルな空間でしたから、収納家具などの除去や目隠しの壁の設置などに止まり、空間そのもののイメージは変わっていません。このレストランは、食事だけでなく、庭を含めて上小沢邸という空間を愉しむものになっています。肉の料理といっても建築への配慮から焼肉はメニューに入れないほどのこだわりです。
オリジナルの設計理念とクライアントの育んだ生活理念、そして改修の設計者がその理念を受け継いだ設計、さらにはレストランとしての改修、すべてが奇跡的に1つの運命に導かれているように感じられるのです。

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