LIVE ENERGY

甦る建築文 : 矢野 和之

甦る建築 32 TACHIKAWA CAFÉ(重文太刀川家住宅店舗)(北海道函館市)

正面アーチ形にある屋号

甦る建築 32LIVE ENERGY vol.94掲載

TACHIKAWA CAFÉ(重文太刀川家住宅店舗)(北海道函館市)

株式会社 文化財保存計画協会 矢野和之

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太刀川家住宅店舗(右)と洋館正面

幕末には、長崎、神戸、横浜、新潟、箱館などが開港しました。そこには外国人の居留地が設定され、西洋の文化が急速に流入し、洋風建築がつくられ始めました。現在も長崎、神戸、函館には洋風住宅を多く含む街並みが残り、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
函館にも重要伝統的建造物群保存地区となっている元町末広町地区がありますが、その北西の海岸近くにTACHIKAWA CAFÉ(太刀川家住宅店舗)があります。もともとは道を隔てて海に面していました。

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カウンターと厨房

「国の重要文化財から、みんなの重要文化財へ。こだわりの生活、バランスのある生活、味わいのある生活。そんな生活の中に真の豊かさを求める方々をご招待。文化と文化が融合し、生まれる新しい価値を共に見出す場所。太刀川家は物質的な重要文化財としてのSpaceから情緒的な体験の場としてのSceneへ。」
これはTACHIKAWA CAFÉのINVITATIONに書かれたコンセプトです。このコンセプトを、空間に、メニューに、接客にと実現したものがこの重要文化財のカフェでしょう。海風に吹かれながらゆっくりと時を過ごすのもよいでしょう。観光客が多く歩く場所ではないので、ほとんどがTACHIKAWA CAFÉ目当ての客が多いようです。

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カフェ内部

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オープンカフェで談笑する人々

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「じょうや」の吹抜けと箱階段

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洋館1階内部

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夜景

太刀川家住宅店舗は、幕末から米穀商の他、漁業、回漕業を営み、一代で財をなした初代太刀川善吉が、明治34年(1901)に建築したものです。間口5間半(9.9m)、奥行6間(10.8m)、建築面積116.6m²で、2階建土蔵造です。煉瓦造の躯体に漆喰で塗り籠め、正面には両側面に防火用袖壁が付き、軒天井・持ち送り・腕木なども漆喰塗籠となって防火を強く意識した構造です。また、1階に2本の鋳鉄柱、3連アーチ形をあしらうなど洋風の意匠も併せもっています。屋根構造はトラスとなっており、まさに和洋の技術と意匠の融合であり、昭和46年(1971)に重要文化財に指定されました。
1階は、5間半・3間半の土間と帳場の店舗、奥には板戸を隔て12畳の仏間があるほか、「じょうや」と呼ばれる板の間には洋風の箱階段が設置され、2階は2間続きの客間となっています。木材は、ケヤキやカツラが用いられ、1階天井を構成する梁成が60㎝以上、柱は24㎝という豪壮なもので、板戸にはこれ以上のものはないというほどのケヤキの1枚板が用いられています。当時の豪商の富と心意気が見てとれると同時に、技術的にも最高に達していたといわれる明治時代の職人の技が、ここかしこに鏤められた空間といえましょう。その空間の力が迫ってくるのが感じられます。
この店舗部分をカフェに改装したのが、TACHIKAWA CAFÉです。土蔵造の店舗の大空間を利用しています。開口部は、戸が両側の戸袋に収まり、全面的に開くようになっていましたが、内部にガラス折り戸を仕込み、寒い季節でも常時開かれたカフェとなりましたし、もちろん温かい季節には魅力的なオープンカフェともなりました。
厨房とお店の間には、帳場にあったカウンターを90度向きを変えて設置してあるため、元々その位置にあったかのような、違和感のない空間となりました。百年を超える歴史あふれる空間で、手づくりのケーキやロシア家庭料理を伝えるピロシキに舌鼓を打ちながら、時空を超えた不思議な感覚を覚えます。
また、隣には、大正4年(1915)に増築された洋館があります。内部は1階が洋室、2階が和室となっていましたが、改装してゲストハウスとなっています。2階の和室は洋間の寝室とし、道に面した廊下部分に浴室を設けるなど常識に捉われない斬新なアイデアに満ちています。
地方が経済的に疲弊していく中で、新たな活性化の成否は、歴史や文化をベースにしたセンスある創造行為が可能かどうかで決まるでしょう。その答えの一つがここにあるといえます。

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