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空間談義

空間談義 47 茅野市民館の公開プロポーザルと設計

中庭から見る。左が図書室、正面がマルチホールとロビー。右の棟には市民ギャラリーなどがある
(撮影:淺川敏以下全て)

空間談義 47LIVE ENERGY vol.85掲載

茅野市民館の公開プロポーザルと設計

早稲田大学教授 古谷誠章 vs 東京大学教授 藤森照信

藤森日本建築学会賞の受賞、おめでとうございます。

古谷ありがとうございます。

藤森学会賞の要綱を見ると、受賞作品数の基準は3作となっていますが、今年は異例なことに、受賞はこの茅野市民館のみとなりました。

古谷1作品のみの受賞というのは、55年ぶりだそうですね

藤森僕は、「ありがとう」も言わなくてはいけなくてね。
僕は生まれも育ちもこの茅野市で、今でもよく帰ってくるんですが、駅前に本当にいいものが出来た。市民館の前にも紅葉の美しい樹(紅葉葉楓)が植えてあって、東京から茅野駅に着くと、信州に来たなーという感じがします。木が大きくなってきたら、相当皆の印象に残る光景になると思いますよ。

古谷僕は、公開プロポーザルで設計者に選ばれたわけですが、そのヒアリングの時に、審査員の藤森さんから「敷地の駅側のところに木が植わるのか」と尋ねられたんです。その後もずっと木を植えろとおっしゃっていましたよね。

藤森それまでの古谷さんの作品は、コンクリート打ち放しの印象が強かったんですよ。駅のホームの隣の敷地に建つわけですから、打ち放しだと、駅のそばによくある変電所や倉庫みたいに見えるのではないかとすごく心配で、それで木があるといいなと思ったんです。でも、ガラスと鉄を中心にやってくれたので、本当に安心しました。
最初のプレゼンテーションの案では、コンクリートでしたよね。

古谷それも藤森さんにヒアリングで尋ねられたので、僕は漆喰でやると答えました。そうしたら、他には何もメモされてないのに、「漆喰」とだけ黒々とメモされて、これはと思ったんです。実際には漆喰にはなりませんでしたけどね。

藤森それがガラスになったわけですが、とてもうまくいったと思います。

どよめきが起きた公開審査

藤森茅野駅のホームからは、残念ながら八ヶ岳の山は見えません。この建物がなかったとしても、駅前の他の建物のせいで見えません。でも、市民館が完成して初めてホームに立って見たら、山がガラスを透けて見えた。にわかには信じ難かったけれど、背後の山がガラスに映っていたんですよ。それでエーッて。背中の山なんて意識しないからね。あれには驚きました。

古谷駅側にホームと平行して張ってあるガラスは、一直線ではなくて、表側と裏側という感じでジグザグに張ってあります。表側に出ている方のガラスを、少し反射度の高いものにしたんですよ。それで後ろの景色が映り、中も透き通るようにして、それらが少し混ざって見えるようにしたんです。
出来上がったら、藤森さんに「あれは俺の村の山だよな。村の山が映っているんだよな」って言われて、うまくいったなと思いました。

藤森審査員として驚いたのは、ホール本体の提案で、意外と設計者間の差が付かなかったことです。例えば古谷さんの場合だったら、用途をあまり選ばず使えるということで、舞台と座席のレイアウトが自在に変えられる提案でした。これはもう建築というよりは装置です。皆さんそれぞれから提案がありましたが、今は機械を使うものだから、相当いろんなことが出来てしまって、甲乙付けにくい。今の文化会館等のホールというのは、審査員側や市の側が具体的にこうしなさいと言わない限り、結構いろんな提案が出てきてしまうんですね。

古谷そうかもしれませんね。

藤森今回のプロポーザルで本当に差が付いたのは、図書館ですよ。古谷さんの案は、プランニングとして本当に優れていた。みんな駅の改札からの出入口がブリッジ(渡り廊下)になっていることは知っているわけです。あの橋の端からこの建物に向けて、大きな斜めの廊下をかけて、その橋から直接入るところに図書館の分室を置くって言うんです。これは僕は全く考えていなかったし、ああいう発想は、ほかのどの案にもなかった。あれはどうして思い付いたんですか。

古谷初めて現場を見に来たのが秋で、ちょっと寒くなりかけてきた頃でした。その時に、駅のブリッジの上で高校生たちが震えながら電車を待っていて、電車が来たらパッと駆け下りていくという光景を見ました。それで、寒い所だから、待つ所があったらいいなと思ったんです。
それからそのブリッジは、駅の反対側のベルビアという駅ビルまでつながっていますよね。あの下に駐車場があるじゃないですか。

藤森うん。でかい駐車場があるね。

古谷市民館の駐車場は、露天につくるということでしたから、雨や雪の日には、車から降りたら傘をささなければなりません。でも、もしあのブリッジと市民館をつなげば、ベルビアに車を置きさえすれば、一切傘をささずに市民館まで来られると思ったんですよ。

藤森ベルビアからずっと屋内でつながることになるからね。

古谷現地でそれが分かった瞬間、絶対につなげようと思ったんです。
市民館の1階のロビーとは高さに差があるから、つなぐところは坂道にする。その坂道に置くものは何がいいかと思った時に、さっきの高校生のことを思い出して、電車を待っている時に図書館があるのが一番いいなと。最初にそこまで思い付いてしまったんですね。すると自分も、そこから離れられなくなってしまって、割合素直にこの案になりました。

藤森このプロポーザルは、一般公開審査方式ということで、市民の皆さんの目の前で、審査員と設計者が討論をしたんですよね。普通は討論が終わった後に一段落あって、審査員が別室に入っていろいろと相談をするんですが、この時はそれが一切なくて、そのまま投票に入ったんです。これには少し焦りました。

古谷完全公開は珍しいですよね。

藤森それでその時に、討論を聞いている市民の皆さんには、意見を絶対に言わないように、拍手をしないようにと審査委員長から注意があったんですね。ところが、古谷さんがブリッジとつなげたところに図書室を置くという話をした時に、会場がどよめいたんですよ。あれは本当に強かった。市民が、あそこに図書室を置くということに興味を持ち、そしてそれを支持していたわけですから。それでもう勝負あったなと思いましたね。

空間イメージの伝達と建築家

古谷現在のプランは、市民ギャラリーとその周りは少し変わりましたが、それ以外はほとんどあの日のまま出来上がっているんですよ。それが出来たのも、完全公開型のプロポーザルの恩恵の一つです。あの後、市民の皆さんと盛んに設計に関する議論や説明会をやりましたでしょ。

藤森やっていましたね。

古谷後から数えたら、記録にあるだけで、143回もやったそうです。
その中で、時々全然違うプランに流れていきそうになることがあったんですが、「あの日、この案が選ばれたのは、あそこのこれがあったからではないか。 それが駄目になるような改変はやはり駄目だ」と言って、必ず揺り戻しが起きるんです。公開されていたから、どういうところがよくて僕の案が当選したかということを皆さんが覚えていて、僕が言わなくても、元の案に皆さんが戻してくれる。それがよかったですね。

藤森市民も自分たちの要望をいろいろ言っただろうけど、ちゃんと筋は通したんだね。

古谷でも設計者が、市民から見えないところで決められていたら、そういうふうにはならなかったですよ。

藤森完全公開というのは、そういう点では大事だね。証文をちゃんと書いておくような感じですからね。

古谷ただ「市民ギャラリーはもちろん、あなたの場合はホールまで平らにしようと言っているのに、なぜ図書室だけが斜めなんですか」って、皆さんに言われたのは大変でした。

藤森やはりそういう分からなさってあるんだね。
僕らはあれが魅力だと思うでしょ。あれが全体計画に動きを与えているし、段差があるから、大勢の人が本を読んでいても、結構目線がずれて、とてもいいんですよ。

古谷僕たちは建築家なので、そういうことが直感的にわかるのですが、市民の皆さんとは、そう簡単にはイメージが共有されなかったんです。
大変疑心暗鬼な状態になってきまして、もう机も斜めなんじゃないかって。それで市役所の8階の大きな部屋で、テープを使って実際にスロープの勾配を見せたりして、それでだんだん理解してもらえました。

藤森今は魅力が分かったと思います。建築家の提案は誤解されやすい。

古谷やはり建築家って、模型を見せて説明したら、相手に通じていると思うじゃないですか。でも決して通じていないんですよ。

藤森一般の人はそういう訓練をしてないからね。それは我々が反省しなければいけない。

地域の伝統建築との類似

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橋上駅舎となっているJR茅野駅から、マルチホールに向けてかけられたスロープと、それに沿って続く図書室

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マルチホール(センターステージ形式)客席が可動式で、平土間など様々な形式にアレンジができる

古谷僕は意識していなかったのですが、茅野市民館が竣工した時に、図書室からの廊下が諏訪大社の上社の布橋に似ているとおっしゃったのは、藤森さんでしたよね。

藤森ええ。僕は子どもの時からあの布橋をよく知っているんだけど、渡る途中にいろいろなものが見えるところとか、よく似ていますよ。あれは藤森家の先祖がつくったんです。審査委員長の大野秀敏さんに「あれは面白いものだ」と言われて、面白い建築的工夫がある橋だと気付いたんです。上社は本宮拝殿等が国の重要文化財になっていますが、建築的には布橋の方がそれらよりもはるかに面白いですよ。

古谷ああいう通路に沿って、右に左に何かが見えて、ずっと拝殿までたどっていくというのは、日常の世界から非日常の世界へ渡っていく時のプロセスみたいなものですよね。
ギャラリーの美術作品や、ホールでの演劇、音楽会って、非日常的なものですよね。それと駅という毎日使うものとの間を結ぶのが、あの斜めの橋だと。この市民館の設計では、まさにそんなことを考えていました。

藤森ああ。駅という俗世界とをつなぐ橋。

古谷そうです。聖と俗をつなぐもので、その役割を果たすとしたら、市民館の中で言えば図書館が最も日常に近い。だから、それをあそこに置くという発想だったんですよ。

藤森布橋と同じで低い橋だけれど、その辺もそっくりだね。

門構えのデザインの原点

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2階に設置されたコンサートホール。
300の座席が扇形に配置されている

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JR茅野駅のプラットホームから見る。
こちら側の側面には、反射度の異なるガラスが交互に並ぶ

古谷この市民館もそうですけれど、これからの建築は、いろんな人がその時々によって中を使い分けていったり、違う使い道を発見したりするようなものになりますよね。何かの使い道にジャストフィットしたものよりは、少しルーズな箱としてつくるほうが多くなるのではないでしょうか。そうすると建築家の役目は何かと考えてみると、それは建築の機能以前のもの。つまりその場所に、どっちの向きにどういうふうに空間を構えるか、どういう高さにどういう視線をつくるかということが、建築家の仕事になると思うんです。

藤森なるほどね。

古谷だから、ロビーの床の高さとか、駅のブリッジと図書室のつながりとか、こっちは開いてこっちは閉じるといった話は、僕にとってはものすごく大事なことなんです。

藤森その効果としては、ここに座っていて感じる気持ちのよさもありますよね。本当に気持ちがいい。

古谷自分で言うのも変ですが、古谷のつくるものは、建築雑誌の写真とは違う感じが、現地に行くとあると言ってもらえます。それは大概行った時のほうがよくて、ありがたいことに、そこに長いこといたいという気になるって言われるんですね。
僕もどうやると居心地がよくなるか説明はできませんが、居心地をよくしようとは思って設計しています。

藤森古谷さんの本質が、そういうものを求めているのではないかな。

古谷求めているような気がします。

藤森または、そういう空間の条件が身に付いているかですね。
建築家の空間の原点は、奥さんなんかに聞くと分かる。その建築家の実家に行ってみると分かることもある。

古谷そういうものですか。

藤森古谷さんがいつもやる門構えのデザインは、どういうことなのかな。駅のロータリーの前につくったイベントスペースも門構え。この建物の側面も、打ち放しの軒線を追って行くと、100mを超える門構えになっている。門構えが、アンパンマンミュージアム以来の古谷さんの特長ですよね。

古谷今思い付いたんですが、子どもの頃に家族5人でしばらく住むことになった6畳1間の借家があったんです。3尺四方の玄関があって、すぐ6畳の部屋があって、もうその向こうは外で、縁側の先に庭があって、大家さんが住む母屋の庭に通じていました。向こうに庭が見えているというスポンと抜けたトンネル住居だったんです。子どもたちは、母屋の庭まで行っても怒られなかった。

藤森それですよ。世界は門の向こうに広がっていたわけだ。普通は軒を門構えに収めないし、角は収め方がある。

古谷確かにそうですね。意識していなかったですが、たぶんそういう形が好きなんですね。そう言えば、我が家である「ジグハウス/ザグハウス」にも、抜けた門型があります。

藤森それをすると落ち着くということがある。そういう拠り所を持っている人は大丈夫ですよ。それは他人に分からなくても、客観性が乏しくても構わない。個人の拠り所だからね。建築的な要素の拠り所があるというのは、すごく大事なことだと思いますよ。

古谷あの形には、そういうことがあるのかもしれないですね。
今日はありがとうございました。

古谷誠章Furuya Nobuaki

古谷誠章

1955年 東京都生まれ
1978年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1980年 早稲田大学大学院修士課程修了
1983年 早稲田大学理工学部助手
1986-87年 文化庁芸術家在外研修員としてマリオ・ボッタ事務所勤務
1986年 近畿大学工学部講師
1990年 近畿大学工学部助教授
1994年 八木佐千子と共同でナスカ一級建築士事務所設立
1994年 早稲田大学助教授
1997年 早稲田大学理工学部教授
2002年 韓国慶煕大学客員教授

<主な作品と受賞>
1990年 狐ヶ城の家(第8回吉岡賞)
1996年 アンパンマンミュージアム(日本建築学会 作品選奨)
1998年 詩とメルヘン絵本館(日本建築家協会新人賞)
2001年 ジグハウス/ザグハウス(日本建築学会作品選奨
) 2002年 近藤内科医院(日本建築学会作品選奨)
2005年 茅野市民館(日本建築学会賞(作品))

藤森照信Fujimori Terunobu

藤森照信

1946年 長野県生まれ
1971年 東北大学工学部建築学科卒業
1978年 東京大学大学院博士課程修了 1998年 東京大学生産技術研究所教授

<主な受賞>
1980年 学位論文「明治期における都市計画の歴史的研究」で日本都市計画学会賞論文奨励賞
1983年 著書『明治の東京計画』で毎日出版文化賞、東京市政調査会藤田賞
1986年 著書『建築探偵の冒険 東京篇』でサントリー学芸賞
1997年 「ニラ・ハウス」で日本芸術大賞
1998年 「日本近代の都市・建築史の研究」ほか一連の論文で日本建築学会賞(論文)
2001年 「熊本県立農業大学校学生寮」で日本建築学会賞(作品)

<その他の主な建築作品>
2004年 高過庵
2005年 養老昆虫館
2005年 ラムネ温泉館

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