LIVE ENERGY

空間談義

空間談義 48 発想の転換から生まれた書店建築

金沢ビーンズ3階。至るところに立ち読み台が設けられている。
本を数冊置いてゆっくり読書ができる大きな肘掛け付きのベンチもある
(写真:大橋富夫)

空間談義 48LIVE ENERGY vol.86掲載

発想の転換から生まれた書店建築

SAKO建築設計工社 迫慶一郎 vs 東北大学准教授 五十嵐太郎

「金沢ビーンズ」の設計の視点

今、乃木坂のギャラリー・間で「REALIZE 立脚中国展開世界――迫慶一郎/松原弘典」という展示会をやっていまして、昨年12 月にその展示会の講演会をやりました。その時にモデレーターを務めてくださったのが五十嵐さんで、中国の建築事情にもお詳しいということもあって、今回、お相手をお願いしました。

五十嵐迫さんは、2004 年まで山本理顕さんの事務所にいて、北京の「建外SOHO 」を担当されていたんですよね。その後、北京で独立されて、中国を中心に多くのプロジェクトを手掛けてこられた。中国だけでなく、日本でも設計をされていて、昨年6月に竣工した「金沢ビーンズ」も見せてもらいました。

あれは、北陸を中心に店舗展開している明文堂書店さんの店舗の一つで、ロードサイド型では日本最大級の蔵書80 万冊という書店です。

五十嵐「金沢ビーンズ」はなんで豆のような平面型にしたんですか。

まずこれをやる時に、本という知の集積にエンドレスに囲まれたような空間を想像したんです。しかも80 万冊ものすごいヴォリュームで。その時、思い出したのがストックホルムの図書館でした。

五十嵐確かに、あそこは本の壁に包まれている感じが強いですね。

実際に行ってみて、すごく知的な雰囲気を感じました。でも同時に正円という形態がつくり出すある種の束縛性も感じたのです。ここでは、壁面に本がエンドレスでずっとつながっていて、ぐるっと回っていっても切れ目がないような、でも同時にもう少し自由な空間をつくりたいなと。そう考えているうちに、豆の形になったんです。

五十嵐店内を見て、ディスプレイのデザインにすごく気を遣っているなと思いました。3 階のディスプレイは、緩やかなパノプティコン(一望監視システム)になっています。あそこは近年万引きなどが問題になっている漫画のフロアなんですね。

3 階は中央にカウンターを持ってきて、什器を放射状に配置しました。おっしゃるようにコミックの万引き防止のために、店員が店内を見渡せるようにしたんです。

五十嵐普通の書店より、並んだ背表紙の色の印象がカラフルに感じられるのは、空間の基調色が白だからですかね。

そうですね。北京で「北京ポプラ」という絵本書店をやった時も、絵本のカラフルさをどのように引き立てるかということを最初に考えて、白い空間にしました。それが効いていたんです。それでここでも、それを最初から意識していました。

五十嵐細かいサインやグラフィックのデザインも、迫さんが全部やっているんですよね。僕が面白いなと思ったのは、遠くからも分かるインデックスや、連続して並ぶ書棚でも、それぞれに何があるのかを通覧させる仕組みなどです。すごくサイン計画が練られていますよね。

五十嵐ディスプレイの遠景・近景というサイン計画の二層構成は、最近、藤村龍至君や南後由和君が言っている「批判的工学主義」の建築事例になるのかなと思いました。「工学主義」というのは、例えば、あるファーストフード店の椅子がなんとなく堅いと。食べてから15 分ぐらいすると、居づらくなってその場を立っていく。つまり回転率を上げるという考え方でつくられている。それはある種の資本主義と人間工学の融合で、即物的なエンジニアリングです。ただ、効率主義だけがきわだつと嫌らしいですね。
それに対して「批判的工学主義」というのは、「工学主義」的な商業空間のつくり方を完全に否定するわけではなく、逆にそれを利用して、もう一回クリエイティブに投げ返すような、ポジティブな商業空間のつくり方を言うんですね。

その考え方はわかる気がします。大型のロードサイド型店舗と言えば、通常は単純に安くつくるというジャンルの建物ですよね。そういうものを、構造形式や空間構成から全く新しい建築のタイプとして設計できるかと言ったら、なかなか難しい。そういう見方のままではうまくいかないだろうと、最初に思いました。そこでもっと内部での消費行動やディスプレイのあり方などから、どういう空間としていくのか考え始めたのです。自分も今まで書店で本をたくさん買っていたわけですから、その時に感じていた、こうだったらいいのにとか、この店のここはなかなか気に入っているといったようなことを一つ一つ掘り起こしながら、それを基点につくっていったというところがあります。「批判的工学主義」は、これを設計した時の考えに近いところがあると思います。

これはもちろん僕らも考えましたけれど、オーナーの方にも書店の空間づくりに対する強い想いがあって、かなり長い間やり取りをしながらつくりました。放射状のレイアウトは、オーナーさんにはかなり冒険だったと思いますが、粘り強く打合せを重ねていって、最終的に今までにないものができたと思います。そういう中で、サイン計画についても、遠くで大ジャンルを分けて、近くでは細かい位置がわかりやすいというように、空間の中で遠景と近景をつくろうということを話し合いました。

シンプルなものにルールを与えて多様性を生み出す

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金沢ビーンズ外観。
立ち読み台が設けられた開口部と排煙用窓がランダムに並べられ、階数を曖昧にしている(写真:大橋富夫)

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北京ポプラの1 階イベントスペース。
虹色の帯に包まれたような空間。2階に白い空間の絵本書店があり、虹色の帯が幅を替えながら巡っている(写真:岩崎 稔)

五十嵐広尾T も見てきましたよ。展示会の作品集の写真と違って、今は迫さんがつくったテーブルがなくなっていますね。

広尾T は20m²程度のクラフトジュエリーショップだったんですが、今はテナントが変わって、インテリアも全部変えられてしまって、ファサードだけが残っています。

五十嵐そのテーブルが、鏡面ステンレス板にグラインダーで傷をつけたものだったんですよね。模様は違いますが、外壁も同じ仕上げです。

テーブルのほうはギャラリー・間の展覧会で再現しています。光を浴びると、いくつもの輪っかの模様が浮かび上がってくるような不思議な効果が生まれています。現地のほうには何時頃行かれたんですか。

五十嵐午後2~3 時頃でした。でも、夜見るのが一番よさそうですね。

そうですね。近くの信号機の色に応じて、ファサードが赤から緑に変わっていくところが、一番いいですよ。
あのファサードは、工場で色々試してみて、この模様でファサードをつくってくださいと職人の方にお願いしたんですが、「そんな芸術みたいなものは私たちにはできません」と言われて、全部自分で鏡面ステンレス板を削ったんです。
日本の職人の方は、図面があって、このとおり綺麗にやってくれと言うと、高い精度でやってくれますけれど、こんな感じでという「感じ」では駄目なんですね。

五十嵐その手法は、中国の金華のオフィスビル「金華キューブチューブ」のファサードでもやろうとしているものですよね。「金華キューブチューブ」は今どういう状況ですか。

あの設計は4 年前に始まってすぐできたのですが、その後工事が始まっても何度も中断することがあって、結局交通局の建物だったのが、民間に売り飛ばされてしまいました。

五十嵐そうだったんですか。

施工開始後に工事が止まったりとか、計画までやったけれど、そこでストップしているとか、中国ではそういうことが本当によくあります。
「金華キューブチューブ」ももう躯体は全部できているんです。ようやく春節(中国の旧正月)明けに、リスタートという話になっています。

五十嵐中国の建築の状況を考えると、90 年代以降のアジア各地にできた高層ビルやマンションなどは、どれもポストモダン風の装飾が付いていた。あまりにも多くて差異がいっぱいあるから、逆にそれ自体が均質に見えて飽和しているような、逆転した状況が起きたじゃないですか。そんな中でできた理顕さんの「建外SOHO 」は、ものすごくシンプルなパターンの反復で、ある種モダニズム的な作品だったので、逆に目立ちましたよね。
迫さんの作品は、そういう方向性を継承しつつも、今度は、シンプルなルールの組み合わせが生む別の多様性を出しているオルタナティブ・モダンといった感じがします。

おっしゃる通りです。

五十嵐大学は東工大で坂本研だったんですよね。
シンプルな形の反復というのは理顕さん。しかし、一方で単に明瞭に見えることを避けて、形態の複雑な組み合わせを色々考えるところは、坂本一成さんの血を感じます。二人のお師匠さんを割と正しく継承している印象がありますよ。

そういう意味では、二人の正統なあいの子かもしれないですね。そのことは、僕が中国で今やっている手法に影響していると思います。
僕はシンプルなものを使うけれど、そこにあるルールが生じることで多様なものに変化していくといった手法に可能性があると思って、色々とやってきました。それが僕が今「スケーリング・ユニット」と呼んでいる設計手法につながっています。
きっかけは、北京のブティック「フェリシモ」の時に、2 種類のボックスの組み合わせだけで、イスやテーブル、ハンガーの吊り台など、色々なものに変えて、使っていけるということを考えたことでした。さらに金華のビルで、単純な2 つの直方体を極端に巨大化して、それがポンと置かれているだけの建築を考えてみた時に、表現の一つとして手応えを感じたし、この方向にはもっと可能性があると思ったんです。そういう「連結」と「拡大縮小」で様々な形態をつくり出していけると。 デパートと集合住宅4 棟のプロジェクト「北京バンプス」でも、スケーリング・ユニットを少しずつずらしながら積み重ねて、住宅棟のテラスにしたり、デパートにキャンティレバーをつくったりして、建築の表現につなげています。

五十嵐「北京バンプス」のモデルルームはもうできているんですか。

モデルルームはできましたが、北京のバブルのおかげで、実際の内装は違う人がやることになりました。
最初は若年層の人たちをターゲットにしたマンションだったのですが、それが市場調査で2 倍以上で売れるということがわかったので、ホテル的なサービスアパートメントみたいなものにしようと。そういう変更に僕らが抵抗していたので、じゃあ内装はそういうものをよくやっているところにという話になってしまったんですよ。

五十嵐なるほど。

外壁の素材も最初はモルタルに塗料仕上げ。中国では外断熱工法の仕上げとして、割とその仕上げの住宅が多いのですが、今は総大理石張りに変わりました。

五十嵐高くなると、コンサバに戻ってしまうんですね。せっかく高くなった分、さらに実験的なデザインにお金が使われないというのは、ちょっと逆説的な感じがしますね。

大理石になって、よりシャープな感じにはなりましたけどね。

インテリアと建築

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広尾T外観。
鏡面ステンレス板が光を反射し、グラインダーで削ってつくった傷が光を屈折させることで、変化に富んだ表情を生む(写真:大橋富夫)

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施工が進む北京バンプス。
高層の住宅棟では、2層を1単位としたスケーリング・ユニットが2m ずつずれながら、80mの高さまで積み重なっている(写真:SAKO 建築設計工社)

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杭州ロマンチシズム2。
職人の手仕事でつくられた網の形態が、ファサードから内部空間に続く。網はディスプレイや椅子などに変化していく(写真‥ナカサ・アンド・パートナーズ)

五十嵐迫さんの作品の中でも、白い網のような物体が、ファサードからインテリアに繋がっている「杭州ロマンチシズム2」は、一番インパクトがあったものの一つです。

あれは手間を惜しみなく掛けて、手作業で「網」をつくっていったんです。それは人件費が安い中国だからできたことで、中国で空間をつくる上での武器の一つですね。そういうところは、最大限引き出してやっていきたいと思っています。

五十嵐こういうプロジェクトは、今もほかにやっているんですか。

あのブティックを見て依頼してくる方は結構いまして、今は深センのほうで1,400㎡程のレストランをやっています。

五十嵐今は中村拓志さんもそうですけれど、迫さんも結構インテリアをやるじゃないですか。でも、上の世代だとインテリアは建築ではないみたいな考え方の人っていますよね。その辺は感覚的にどう違うんでしょうか。

インテリアの仕事は、広尾T というきっかけがなかったら、上の世代の方々と同じ考えだったかもしれないです。広尾T をやった時は、初めて個人的に設計を依頼されて、自分で全部決めなければいけないのだけれども、プロジェクトの規模が経験したことのない小ささでした。山本事務所ではずっと大きなプロジェクトを担当してきたので、最初は何をやってよいのか全く分からなかったんですよ。空間構成などもできないし、社会制度との結び付きといった文脈も付けられないと色々悩んで、やっと素材というところに着目すれば、作品としてつくれるのではないかと行き着くことができたんです。逆に今まで自分のストライクゾーンはかなり狭かったということや、空間をつくるにはもっと色々な領域が広がっているということを、この最初の仕事で気付くことができました。それが僕にはとても大きかったと思います。

五十嵐日本では、結構仕事がなくなっているので、インテリアもやらなきゃという人もいるでしょうね。中国はちょっと状況が違いますが、迫さんは、そういう小さなものから大きなものまで同時にやっています。

大規模になればなるほど、自分でコントロールできないところがどんどん広がっていくけれど、大きいものでしか実現できない面白いところはたくさんあって、それは僕の中国で仕事をするモチベーションになっています。
また、インテリアは、依頼してくれるクライアントが、最後までほとんどを任せてくれる。そこが僕はインテリアのすごく面白いところだと思っています。元々日本で教育を受けて日本で仕事をしてきましたから、細かいところまでやりたいという気持ちも当然あるんですね。

五十嵐住宅や公共建築の作品はまだないですが、今後やりたい仕事は、何かあるんですか。

「金沢ビーンズ」をやって思いましたけれど、ロードサイド型の量販店という一般的な捉え方で設計に入っていたら、自分で可能性を閉ざしていたと思います。でも、やはり書店に対して今まで自分が感じていたことから始めると、色々な可能性があるということも手応えとしてあったし、そういう意味で言うと、もう何でもやっていきたい。むしろ誰もやられていないようなもののほうが面白いかもしれないですね。

五十嵐なるほど。今後のご活躍を楽しみにしています。

迫慶一郎Sako Keiichirou

迫慶一郎

1970年 福岡県生まれ
1994年 東京工業大学卒業
1996年 東京工業大学大学院修士課程修了
同年 山本理顕設計工場(~2004 )
2004年 SAKO建築設計工社設立
2004 ~2005年 コロンビア大学客員研究員

<主な作品と受賞>
2003年 広尾T(JCD デザイン賞2004奨励賞)
2004年 北京フェリシモ(JCD デザイン賞2005優秀賞)
2005年 北京ポプラ(JCD デザインアワード2006銀賞)
2006年 北京フェリシモ2(JCD デザインアワード2006入選)
杭州ロマンチシズム(JCD デザインアワード2007入選)
2007年金沢ビーンズ 杭州ロマンチシズム2 バルセロナ・イマジナリウム

五十嵐太郎Igarashi Taro

五十嵐太郎

1967年 フランス・パリ生まれ
1990年 東京大学工学部建築学科卒業
1992年 東京大学大学院修士課程修了
2005年 東北大学助教授(准教授)
現在 東京芸術大学・多摩美術大学非常勤講師、 (社)日本建築学会「建築雑誌」編集委員会委員長等も務める

<主な作品と受賞>
「終わりの建築/始まりの建築」 INAX 出版、2001年
「新宗教と巨大建築」 講談社、2001年
「近代の神々と建築」 廣済堂出版、2002年
「戦争と建築」 晶文社、2003年
「過防備都市」 中央公論新社、2004年
「現代建築のパースペクティブ」 光文社、2005年
「現代建築に関する16章」 講談社、2006年

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