LIVE ENERGY

空間談義

空間談義 51 分子生物学を通して考える現代建築の形

平田氏独立後の第1作「桝屋本店」。逆三角形の壁を入れたことで、視線が通る部分と遮られる部分ができ、歩いている人が見えるものを変化させていく。森の中のような空間
(撮影:矢野紀行/ナカサアンドパートナーズ)

空間談義 51LIVE ENERGY vol.89掲載

分子生物学を通して考える現代建築の形

青山学院大学教授 福岡伸一 vs 平田晃久建築設計事務所 平田晃久

平田今日は分子生物学者の福岡先生と対談ということで、先ほど私の作品をいくつかご紹介させていただきました。
分子生物学は、今いちばん面白い分野の一つではないかと思っていまして、時代のものの考え方をつくっていくような学問領域の中でも、最も原型に近い部分に触れていると感じています。
建築との関連で言えば、例えば20世紀は、機械的なるものがひとつのモデルになっていたのだとすると、これからの建築は、生命体が持っている仕組みがモデルになって、新しい街とか建築とか自分たちの住む環境をつくっていくことになるのではないか。そうなれば、建築というのは面白くなってくるなと考えています。

福岡私も建築やデザインの世界には興味があります。生物は、いくつかの制約の中で、その形をどうつくるかということに常に苦労しているわけですが、建築もまた、様々な制約の中で何か形を実現しなければいけない。だからやりたくてもできないこともあるし、それをやろうと思えば、その制約を超える何らかの仕組みをつくらないといけないわけですよね。

平田そうですね。

福岡細胞は、非常に薄い膜で取り囲まれた風船のようなもので、その内側で生命活動を成り立たせようとしています。先ほど屋根のラインを枝分かれさせて空間をつくっていったという「houseS」という作品の説明をしてくださいましたが、その中で曲げ合板を使うというお話がありました。細胞膜も2枚の皮膜の合板のような構造でできているのです。 細胞はその中で、合成と分解とか、同時に相反することをやろうとします。そのために細胞の中ではコンパートメンテーションということが行なわれます。それは1つの建築空間に隔壁をつくって2つの空間を生み出すようなことですが、生物は構造上の制約があるので、細胞の中に明確な隔壁をつくることができません。もしつい立てをつくろうとすると、膜の一部を自分の中にだんだん貫入させていって、反対側の細胞膜までずっと近付けていくことになります。そして最後は少しごまかすように、向こうの壁につなげないところで止める。つなげると二つの細胞に分かれてしまうんです。そういう方法で分けた2つのコンパートメントで違うことをやるのですが、実はひとつながりの細胞の中というわけです。平田さんの作品「houseH」のような、空間はつながっているけれど向こう側は見通せないというような形がつくられているんですね。

平田houseHは、家の中の別々の場所で別々の時間が流れているようでありながら、住む人がリンクしているような関係性をつくりたかったんです。確かにコンパートメンテーションされた細胞の形に似ています。

福岡細胞というのは、建築の原理とどこかクロスするところがあるように思いますね。

設計手法と生物の生成法

福岡平田さんは以前、伊東豊雄さんの事務所に在籍されていたそうですね。古典的な建築のデザインというのは、垂直と水平で空間を四角く切り取るというのが一般的だと思うのですが、それを伊東さんはもう少し揺らしてヒラヒラにしたり、モニョモニョにしたり、今までとは違う建築を目指されているわけですね。

平田そうですね。

福岡生物の形を模倣してデザインすることもあると思いますが、そのためのアルゴリズムとして、例えば「フラクタル」とか「1/fゆらぎ」とかいろいろな概念が使われています。 確かに、部分と全体を相似させていって複雑な図形を生み出していくフラクタルみたいな方法で形をつくると、生物がつくっているような葉脈とか山の形、木の枝の生え方がシミュレーションできるのですが、ではその生成法を使って生物が形をつくっているかと言うと、多分違うんですよ。生物のいろんな部分というのはパターンの繰り返しのように見えるのですが、実は二つとして同じパターンは存在しません。一回性というのが、生命の非常に大きな特徴でもあるんですね。

平田設計をするプロセスということで言うと、アルゴリズムというか、ある種の原理みたいなものを規定して、その仕組みに乗っかって設計することはあります。さっきの細胞を二分割するときのお話のように、アルゴリズムに反しないように、膜を貫入させなければいけないというのは、ある種不自由なのですが、しかしそうやってできる形というのは、我々がコントロールできない他者性を持っているがゆえに、何か自由な感じがしています。 伊東さんのところで最後に担当した「TOD'S表参道ビル」でも、そうした原理を決めて設計を進めました。

福岡ケヤキの木をモチーフにデザインされた作品ですね。

平田あの作品は、同じ木のシルエットを10本以上重ねるように並べて外壁が形づくられていますが、全てのシルエットが同じ木の形であることを原則としたので、1ケ所の枝を動かすことは、全ての木の同じ枝を同じように動かすことになるんです。そういう仕組みにしたので、枝分かれする位置をちょっと変えるだけで、例えば3階と4階の様相がガラッと変わったりしました。それはある種不便ではあるのですが、全体と部分の関係というところが、何か面白かったんですね。

福岡それはまさに生命が持っている最も本質的な特徴です。本当は生物にとって「部分」というものはなくて、人間が勝手にそう考えているだけなのですが、生物のある部分を操作すると、それは必ず、全体に何らかの影響を及ぼします。恐らくこのプロジェクトは、そのことを早い段階から意識されていたのだろうと思うのですが、ケヤキの最初の形をもしフラクタルなどを使ってつくっていたとしたら、非常につまらないものになったのではないかと思います。最初の木のシルエットというのは、自分で描かれたんですよね。

平田そうですね。そこはアナログ的で、目の前の通りのケヤキ並木から形を採りました。

福岡そこが非常に大事だったのではないかと思います。

積層した床の建築の次へ

img01

「今日の作家・」畠山直哉氏出展作品 《ニューヨーク/世界の窓》より2006年 Cプリント

img02

夫婦二人のための住宅の計画「houseH」の内観模型。連続したワンルームのような住宅となっている。各部屋はつながっていて、別の場所からの視線が完全に途切れないような関係がつくられた
(模型写真、図は全て平田晃久建築設計事務所提供)

img03

「houseH」のダイアグラム

平田私は、床というものに違和感を持っています。20世紀の建築はいったん床に還元することによって壁の線が引ける。それがプラン、平面図である。そういう方法論で人間の関係性をすべて言い切るという思考形態をしてきたんですね。そういう建築の基礎部分のあり方を変えないと、建築はあまり本質的には変わらないし、それを変えることを今、建築家たちがやろうとしているのではないかという気がしています。

福岡床が、ある種の超えるべき次のステージへの課題だということは、非常に面白いですね。細胞の話をもう少ししますと、受精卵は、お母さんの子宮の中で着床しないと、絶対に育つことができません。着床した瞬間に、細胞に、床と接している面と接していない面という極性ができるので、接している面の細胞は何になる、接していない面の細胞は何になるというふうに、細胞の方向性が決められます。
床というものは、ある意味で生物を規定する根幹なんですよね。

平田なるほど。

福岡でも別に、その床が平面状に積層されていなければいけないということはありません。 例えば、すい臓の細胞というのは、消化酵素をつくって、それをどんどん消化管に送り出して消化を進行させるという仕事をしています。その消化酵素をつくる細胞というのは、前後左右上下という極性が非常に厳密にできていて、並んでいる細胞の後ろ側は血液の管に面していて、前側は消化管につながる管に面しています。消化酵素をつくると、必ず血管側ではなくて、消化管側に通じる通路のほうに分泌するわけです。逆方向に出すと、血液中のいろいろなタンパク質がどんどん消化されてしまい、大変なことになります。

平田だから極性が重要なのですね。

福岡その細胞は平面的に積層されているのではなくて、トウモロコシの実のように、消化管につながる管を中心にぐるりと周囲に並んでいるんですよ。この細胞が互いに寄り集まって、ある種の秩序を持ちながらも、面白い円状の構造をしています。だから細胞には確かに床がいるのですが、その床は必ずしも平面が積層していなくてもいいということが、実際に起きているんですね。

外形と内部を同時に決定する

img04

ロンドンのアートフェアに出展した椅子「csh」。ひだ状の形が持つ原理をプログラムし植物を成長させていくようなイメージで、自動生成した
(撮影:矢野紀行/ナカサアンドパートナーズ)

img05

「csh」のダイアグラム

img06

屋根がテーマの「イエノイエ」。2階の天窓から見える隣の部屋がまるで隣の家のように見え、外部と内部の関係にねじれを与えている (撮影‥矢野紀行/ナカサアンドパートナーズ)

福岡平田さんは、伊東さんが台湾につくろうとしている「台中メトロポリタン・オペラハウス」にも関係していますか。あの断面は、細胞の断面のようですよね。

平田私はその原型になったベルギーの「ゲント市文化フォーラム」のプロジェクトを担当していました。あの時は上下で違う半径の円を引っ張ってできる立体アーチをつなげていって、空間をつくろうとしました。 ゲントの時に個人的に引っかかっていたのは、無限に連続するシステムを切断することによってしか外形を定義できないことだったんです。 表現としてはその断面を見せることによってある種の面白さがあるのですが、それでいいのかなという疑問がずっとありました。それで今私が取り組んでいるのが、外形をつくると同時に中も決まるという設計の方法で、それは生命のつくられ方と同じなのではないかということを考えています。その外形というのは、外と内のせめぎ合いみたいなことで、決められるのではないかと。

福岡環境との相互作用によって外形を決めるわけですね。

平田20世紀的な手法では、まず領域を決めてしまってその中で空調をするとか、完全に独立した環境をつくろうとしてきました。それでエコと言っても、高気密高断熱的な思想だと、絶対に限界があると思っています。生物には本当は部分というものがなく、全部がつながっているという先ほどのお話にも近いと思うのですが、そういう考え方を建築の中の関係性だけではなくて、建築物と街との関係とか周辺との関係ということにもどんどん広げていけたら、何かモノの考え方の大きなシフトが起こるのではないかと考えています。

福岡何かを守ろうとした時に、工学的な発想だと、高気密高断熱みたいな方法で、できるだけ外のものが入らないように、がっちりしっかりつくるということになりがちです。ですが、生物は端からガッチリしっかりつくろうという戦略を放棄しました。結局エントロピー(乱雑さ)増大の法則には勝てないから、そういう設計思想は破たんすると、生物はわかったわけです。だからむしろ、最初からヤワヤワ、ユルユルな状態に自分の体をつくっておいて、その非常に危うい秩序を守るために、エントロピー増大の法則が襲ってくるよりも先に、常に自らを壊してつくりかえていくという「動的平衡」を選んだわけですね。そうして秩序を維持してきたのです。 この20世紀から21世紀にかけて分子生物学はものすごく発展してきました。ある種の工学的な発想とは違う原理で生物がつくられているということを、生物学の分野は発見してきましたし、今ではほかの分野の人たちも理解するようになってきました。それというのは、平田さんがおっしゃったようなある種のパラダイムシフトを求めているということになるのではないかという気がします。今日はその点に非常に共感を覚えました。

福岡伸一Fukuoka Shin-ichi

福岡伸一

1959年東京生まれ。
京都大学農学部卒。米国ロックフェラー大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学理工学部 化学・生命科学科教授。専門分野で論文を発表するかたわら一般向け著作・翻訳も手がける。
著書に『プリオン説はほんとうか?』(講談社、講談社出版文化賞)、『ロハスの思考』(木楽舎)、『生命と食』(岩波書店)、翻訳に『築地』(木楽舎)など。“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した『生物と無生物のあいだ』(講談社)は、科学書としては異例の60万部を超えるベストセラーとなり、 2007年度サントリー学芸賞および、中央公論新書大賞を受賞した。近著『できそこないの男たち』(光文社)では、女と男の本当の関係を生物学的に考察し、話題を集めている。週刊文春での連載『福岡ハカセのパラレルターンパラドクス』も好評。

福岡伸一氏の最新刊「動的平衡」
生命のなりたちとふるまいについて省察した、福岡伸一氏の初の単行本『動的平衡』(木楽舍)が、2月17日に刊行。

平田晃久Hirata Akihisa

平田晃久

1971年大阪府生まれ。
1994年京都大学工学部建築学科卒業
。 1997年京都大学大学院工学研究科修了。
伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2005年平田晃久建築設計事務所設立。
日本大学、東京理科大学、京都造形芸術大学、東北大学にて非常勤講師を務める。
主な作品に、桝屋本店(2005年)、R-MINAMIAOYAMA、SARUGAKU(2006年)、csh、YOKOHAMATRIENNALEインフォメーションセンターイエノイエ(2008年)などがある。
伊東豊雄建築設計事務所在籍時は、せんだいメディアテーク(実施設計)、ブルージュ2002パビリオン、TOD'S 表参道ビルなどを担当した。主な受賞に、安中環境アートフォーラム国際コンペ佳作一等(2003年)、SDレビュー入選(2007年)、第19回 2007JIA新人賞(2008年)など。

平田晃久氏の最新刊「animated」
生命のような建築の10のキーワードを、平易な言葉と豊富な図版で語る。グラフィック社から2月25日刊行。

一覧ページへ戻る

LIVE ENERGY