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空間談義

空間談義 52 神奈川工科大学KAIT工房の抽象性と30代建築家の感性

KAIT工房の内部。305本の柱がランダムに林立し、大きな空間をやわらかく区切っている
(写真提供:石上純也建築設計事務所(以下全て))

空間談義 52LIVE ENERGY vol.90掲載

神奈川工科大学KAIT工房の抽象性と30代建築家の感性

石上純也建築設計事務所 石上純也 vs 伊東豊雄建築設計事務所 伊東豊雄

「抽象」の最先端

石上伊東さんは、すでに「神奈川工科大学KAIT工房」を見て下さったそうですが、その感想からお聞かせください。

伊東非常に繊細で、厚みがない世界というか、抽象というものを求めた最先端の空間であることがすごくよくわかりました。面白いのは柱のスパンがすごく小さいこと。何か柱の間を縫って歩く楽しさみたいなものを存分に感じましたね。
それと作業机など古いモノがたくさん置かれているのが意外でした。そのことを知らずに見に行ったのですが、古いモノと極度に抽象的な空間とのコントラスト、そしてその間に緑もあるという関係性が非常に新鮮でした。

石上KAIT工房の柱は305本あって、大きくは鉛直力を受ける柱と水平力を受ける柱の2種類に分けられます。柱の断面のプロポーションは、ほとんど全て異なっていて、すごく薄い柱もあれば、すごく細い柱もあります。その結果、どの柱が鉛直力を受けていて、どの柱が水平力を受けているのかがよくわからない状態にしています。それだけではなく、そもそも構造体であるのか、構造体ではないのかもよくわからない状態にしたかったのです。力の流れ方が見えてしまうと、空間の骨格のようなものをつくってしまうように思っていました。とにかく、このプロジェクトでは空間の曖昧さを追求したかったので、構造的にも特殊なことをやっています。例えば、水平力を受ける柱のほうは、雪の重さでも結構たわんでしまうような薄さなのです。最初はそのたわみを逃がすために、スリットのようなものを床側に設けようと考えたんですが、それだと鉛直力を受ける柱がコンクリートの床に直に突き刺さっているので、見た目でどれがどちらの柱かが分かってしまう。だから、最終的には、鉛直力を受ける柱を先に立てて、屋根に積載荷重と同じ重さの錘を載せて梁をたわませた状態で、水平力を受ける柱を上から吊るしました。そのもう一端を床に固定してから屋根の錘を取ると、水平力を受ける柱に張力がかかるので、柱に圧縮力がかかっても張力によってその力が打ち消されて、たわむことがない。床との接合も見た目は違いがなくなる。そういう方法で2種類の柱を混ぜていきました。

伊東それは面白いですね。
最近の構造設計はシミュレーションの技術が発達していて、構造家の方々は僕らがつくったモデルに、どこにどういう問題があるかを確認していって、それで形を決めていきます。KAIT工房は、それともまたちょっと違った、さらに微妙なことをやっているような感じがします。

石上そうですね。僕たちの方で、プログラマーと協力して、この建物のために専用のCADもつくりました。そのCADで空間を設計すると同時に、構造家の小西泰孝さんの考え方もプログラムに反映しました。それを使って柱の向きや太さ、場所などを決めていきました。

伊東構造計算でやると、かなり安全率を見ると思うんですが、KAIT工房はかなり極限的な状況に近づいているように見えました。

石上安全率はもちろん見ていて、それだけじゃなく、念のために、柱が座屈した状態でも建物が耐えられるかという特殊な構造解析もやっています。一応そこまでやっているのですが、実際には四方のガラスが水平力に利くような形なので、小西さんもその分でさらに、余裕が出ているはずだと言っていました。

伊東昔、住宅用のペラペラの薄いサッシがありましたが、あれはガラスで持っているとよく言われました。特に横力に対してはガラスのほうが強いのですが、そのくらい微妙なことをやっているわけですね。
これは藤森照信さんが常々言っていることですが、抽象度の高い空間をつくる作業というのはすごく大変なことで、伊東があるところまでやったのだけれど、もう疲れてきたから妹島和世さんにその座を譲って、妹島さんも疲れてきたから、今は石上さんがそういう抽象の世界の最先端をやっているんだと。ミース・ファン・デル・ローエに始まった空間づくりを、いちばん先端まで突き詰めようとしているのは、石上さんだという言い方をしているんですよ。その意味がよくわかりました。

色々な「抽象」

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東側から見る。林立する柱の前面にあるガラスの外側に桜並木が映り込む

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南西側から見る。ガラスに映るもの、工房の向こう側から透けて見えるもの、内部の柱、光などが様々に重なりあう

石上僕は、抽象化によって、新しい現実の世界をつくっていきたいと考えています。キリ ンアートプロジェクト2005に出品した「テーブル」は、そういうところを意識してつくりました。スパンが10mで厚みが3mmというテーブルです。これ は床に置く前は天板も脚もグニャグニャに曲がっているのですが、地面に置かれると、天板がピッタリ水平になるようになっています。

伊東そうでしたか。

石上単に薄いものをつくりたかったというだけでなく、ペーパークラフトの机がそのまま 大きくなったような軽さを持たせることが重要だと思ったんですね。ちょっと触っただけで波打つのですが、そのような水面の表面だけを取り出したような状態 をイメージしていました。展覧会の空間で成り立つテーブルなので、レストランのテーブルのように肉を切ったり肘を突いたりというような機能を持たせること は過剰だと感じていました。そこで、水面に浮かんだ茶器でお茶を飲むという、そのくらいの軽さがあってもいいかなと思っていたのです。そういう色々なイ メージの重ね合わせから、新しい質感が現実の世界に現れてくるというのがいいと思ったんです。重量としては700kgくらいあるのですが、そうとは思えな いくらいの軽さを感じます。

伊東そういうことは、パソコン上ではいくらでも出来るようになったわけじゃないです か。我々の身体感覚は、そういうことがモニターを通じて日常化してしまっている反面、現実の世界ではものすごく硬いテーブルを毎日使っているという二重性 があるわけですね。「テーブル」には、その二重性をうまく一致させようという意図があったのですか。

石上おっしゃるように、両者の差をなくしたことによって現われてくる新しい世界があると思うんです。モニターの中の映像と同じことが現実の世界で起きたら、それまでと全く違う現実が生まれる気がします。

伊東なるほど。言葉だけは、僕が「新しいリアル」という言い方をしてきたのだけれど、それをもっと実験的にトライしていると言ったらいいのでしょうか。ただ、厚みのない世界というのは、一方ですごく不安をかき立てるように感じませんか。

石上確かにそれはあります。ただ僕は、モニターの中にある世界をそのまま実現したいと いうよりは、世の中にある空間のヒエラルキーをなくしたいという気持ちがあります。モニターの中の空間や僕たちの生活している従来の空間、可愛らしい空 間、きれいな空間、汚い空間、格好いい空間、ダサい空間、一般的な空間、人工的な空間、自然がつくりだす空間、モダンな空間、とても古いものがつくりだす 空間など、とにかく世の中にある空間のヒエラルキーをなくした時にどのような空間が現われてくるかということに興味があります。そこから現われてくる抽象 性とは、どういうものかということを考えてみたいのです。実際、僕たちはすでに、そのように様々なものが色々に複雑に結び付く世界の中で生きている気がし ています。そういう意味で、僕は厚みがない世界だけを目指しているのではありません。
例えば、ニューヨークで、レンガ造の建物をリノベーションするというプロジェクトをやりましたが、それはものすごくマッシブな厚みがある建物だったので、「テーブル」とは違ったことを考えました。
この建物は山本耀司さんの服のお店で、一階建ての三角形の建物ですが、元々はインテリアの設計を依頼されたものでした。でもレンガ造で結構格好いい建物 だったので、インテリアだけというよりは、もう少し建築的な思考の中で何か考えたかったのだと思います。もう少し周りの環境というか、都市的なレベルに変 化を与えられるようなことを、この小さなプロジェクトでやってみたいと。
また、林の中で別荘をつくる時なら、林という環境が建物に強く影響しますよね。それと同じように、レンガの建物がそこにあるという時に、どういう建物が立 ち上がってくるかということにすごく興味が湧いて、元々そこに建物があるという環境の中で新しい建築を建てるということを考えたかったんです。そのこと で、新しい現実の世界をつくりたいと思いました。

伊東それはまた考えていることが、先ほどとはかなり違いますね。

石上そうですね。このプロジェクトでは、ものすごく具体的なマッシブなボリュームがあったので、例えば、一部は鉄骨を使って、レンガでは出来ないくらいの細さの柱をつくったり、厚みがないように見えるファサードをつくって、都市の中を切り裂くような空間が出来上がったり、建物自体がすごく抽象的に見えるようにしていきました。元々ある具体的なものを抽象的なところへどうやってつなげていくか。そしてその結果どちらとも言えるようなものをつくりたいと考えたわけです。このプロジェクトでも、新しいものと古いもの、具象的なものと抽象的なもの、そういうもののヒエラルキーをなくしていきたいと思っていました。

伊東それは面白いですね。この前石上さんが、藤森さんの作品が持っている抽象さに興味があるとおっしゃっていましたが、その話がようやくわかったような気がします。
東京ガスのアーキテクトセミナーでも、藤森さんの建築が持つ抽象さについてだいぶ話したんですよ。藤森さんのSUMIKA Projectの作品は、一見焼杉を使ったり、火が燃える暖炉を置いて畳を敷いたり、ものすごく古いリアリズムに近づいているようなのだけれど、あの人の考えている建築は、そういうノスタルジックなものではなくて、もっと世界レベルで、人間が原始時代の人間らしい人間に立ち返った時の家というのは、こんなものだったのではないかというような抽象さを描こうとしているんじゃないかと思うのです。

石上藤森さんの概念的な世界と、できあがった作品の間にある橋渡しの仕方がすごく面白いですよね。

伊東最近色々なところで色々な人が、抽象さ・抽象度ということを議論していて、様々な抽象が出てきたことは、すごく面白いことだと思っているんです。かつては、物事を取り去っていく「less is more」が抽象だと思っていたのだけれど、この間も乾久美子さんが、ワンルームアパートをつくることになって、どういうものがワンルームアパートなのか、ずっと町中を見て回って、その結果を集約するようなかたちでデザインしたと話していました。そしてそれは、社会的な意味で抽象的なワンルームアパートなのだと。そういう社会的な意味での抽象さということもあるし、僕もTOD'S 表参道ビルでやったことは「less is more」みたいな抽象さではなかった。木というイコンを入れ込みながら、それでもそれがリアルにならないようにしないと、この建築は成り立たないということを考えたんだけど、そこにもある種の抽象さがありました。色々な抽象が新しく問題になりテーマになってきているというのは、かなり面白いことですね。

30代の日本の建築家が持つ感性

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ストライプ状のトップライトが設けられた屋根。少し変型した四角形のプランとなっている

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抽象的な空間内に緑、工具、古い家具など、様々な要素が入っている

伊東先ほどの「テーブル」ですが、僕もものが波打っているという状態はかなりよく自分のイメージの中に登場するのですが、でもそのイメージをどうやって固定できるかということしか考えていなかったので、本当に波打ってしまうものを実現されると、参ったなという感じがします。

石上僕は、速度が遅いということにもすごく興味があります。速度が遅いというのは、可動式の何かとか、車とか飛行機とか、そういうものとは全く次元が違った空間性に結びつくように思うのです。動かないことと動いていることを同時にとらえられる空間があるような気がしています。季節が変わっていったり、一日の中でちょっとずつ何かが変わっていくという、そういう速度の遅さが、建築にすごく関係しているような気がしています。だから「テーブル」の場合は、あの揺れがものすごく速いと駄目だと考えています。あれはとても周期が長くて、ほとんど認識できないくらいの柔らかい波がテーブル全体に広がります。本当に風でなびいているようだし、空間が動いていると感じる人もいるぐらいでした。

伊東今までにそういうことをやった人はいないですね。

石上そういう速度への関心から植物にも興味があるのですが、建築とは全然違った変化の速度を周りの自然環境が持っていて、それと建築をどういうふうに合わせるかというところにすごく興味があります。

伊東よく白い空間の中に緑を置くのは、そういうことなんですか。

石上そうですね。KAIT工房では、緑の他にも、以前から使っていた古い家具を置くようにしたのですが、僕の価値観だけで何か理想的な状態をつくるというよりは、少しずつ変わっていくものとして、そういう不確定要素が入ったほうが、僕が今求めている抽象さに近づくのではないかと考えました。コンクリートの硬さでつくってしまうような抽象性というのは、何か別の要素が入ってきたら、その世界がすぐに壊れてしまうようなもろさを持っている気がするんです。それよりはもう少し柔軟に色々なものを吸収していって、その都度全体性を書き替えていくような世界をつくってみたいと思っています。

伊東なるほど。ほとんどの建築家は、建築というのは人間のためのものであって、人間が動き回るということしか想定していないのだけれど、石上さんは、植物が日々成長したり枯れたり、そういうことと建築とが微妙に共振し合うみたいなことも考えているわけですね。
これは僕も苦労しているのですが、建築には、やはりどうやっても中と外という問題があります。今の石上さんの話はものすごくよくわかるのだけれど、建築というのは、どこかでそこから一回切れた秩序をつくらざるを得ないですよね。

石上そうですね。建築は自然物にはなれません。だから実際のランドスケープと建物をどうすり合わせるかということを考える。境界線をなくすということではなくて、ミースみたいにどこまでインテリアを広げていけるかという話でもなくて、森などの自然環境と人工的な環境の間に元々ある微妙なグラデーションの部分のどこに境界線を引けば、今まで見たことのないような新鮮な空間ができるかということを考えるんですね。だからイチとゼロがあることはわかっているのだけれど、その間にある無数の世界、そこには色々な世界があって、その世界をすくい上げたいと意識しているんです。

伊東それはものすごく微妙な話ですね。石上さんや藤本壮介さんなど、30代の建築家たちはものすごく繊細な感覚を持っています。その繊細さというのは、今までの日本の建築家が持っていないような繊細さではないかと思うのです。海外の建築家にそういう感性はあり得ない。妹島さんもものすごく繊細な感受性を持っているのだけれど、それをさらに進化させているように思います。抽象さというよりは、むしろセンシティビティがより進化していっているように思うのですね。日本の茶室とか数寄屋といった極度に洗練された世界は、明治以降に一回途絶えてしまったわけだけれども、もしかしたらそういうことが蘇ってきているのかなという印象を持ちました。

石上僕はプロジェクトをやる時に、何か大きなことをやらなければいけないということは思わないんですね。全体と部分というのが、等価に結び付いているような感覚が僕の中にあって、すごく小さな世界でも、ある全体性に対して広がりを持つような感じがしています。だからすごく繊細なことなのだけれど、何かそこから変えられる全体があるのではないかという思いを持っています。

伊東なるほど。そういう感覚が今の30代の建築家たちのすごく面白いところですね。すごく新しいことではないかと思います。

石上純也Junya Ishigami

石上純也

1974年 神奈川県生まれ
2000年 東京芸術大学大学院修士課程修了
2000~04年 妹島和世建築設計事務所勤務
2004年 石上純也建築設計事務所設立
現在東京理科大学の非常勤講師も務める

<主な作品>
2005年 テーブル
2008年 四角いふうせん、リトルガーデン
2008年 神奈川工科大学KAIT工房
2008年 yohji yamamoto New York ganse-voort street store
2008年 第11回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展

<主な受賞>
SD レビュー2005 SD賞
キリンアートプロジェクト2005 キリン賞
IAKOV CHERNIKHOV INTERNATIONALE 2008
最優秀賞
2008年 神奈川文化賞未来賞
Bauwelt Prize 2009 最優秀賞
2009年 日本建築学会賞(作品)

伊東豊雄Ito Toyo

伊東豊雄

1941年 京城(現ソウル)生まれ
1965年 東京大学工学部建築学科卒業
1965~69年 菊竹清訓建築設計事務所勤務
1971年 (株)アーバンロボット(URBOT)設立
1979年 (株)伊東豊雄建築設計事務所に改称

<主な近作>
2001年 せんだいメディアテーク
2004年 まつもと市民芸術館
2004年 TOD'S 表参道ビル
2006年 コニャック・ジェイ病院(仏)
2007年 多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)
2008年 座・高円寺(杉並区立杉並芸術会館)
2009年 2009 高雄ワールドゲームズメインスタジアム

<主な受賞>
1986年、2003年日本建築学会賞(作品)
1997年度芸術選奨文部大臣賞
1999年 第55回日本芸術院賞
2002年 ヴェネツィア・ビエンナーレ「金獅子賞」
2006年 王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル
2008年度第6回オーストリア・フレデリック・キースラー建築芸術賞

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