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空間談義

空間談義 55 モジュールから生成される建築

プロソミュージアム・リサーチセンター概観。ヒノキ材による千鳥格子が、コンクリートとガラスを覆っている(撮影:阿野太一)

空間談義 55LIVE ENERGY vol.93掲載

モジュールから生成される建築

東京大学教授 建築家 隈 研吾 vs 東洋大学講師・藤村龍至建築設計事務所 建築家 藤村龍至

寸法の決め方

先ほど、この愛知県春日井市のジーシーデンタルプロダクツの社屋の横に竣工したばかりの「プロソミュージアム・リサーチセンター」を見ていただきました。その感想からお聞かせください。

藤村 計画案は、CGイラストを拝見していましたので、実際には、なるほどこういうふうになったのかということで、大変興味深かったです。
例えば構造と展示ケースとサッシをインテグレートするという、統合型の構成をされつつも、全体を見ると、木造のグリッドがある種のハイブリッドにも見える。また、組み木のドライジョイントにこだわっていらっしゃる部分もありつつ、鉄材も使われている部分もあったりと、隈さん独特の建築の構成というものを感じたことが1点です。
もう1つは、木の格子の寸法設定が500mmグリッドということだったのですが、このフォルム独特のスケール感といい、1階の低い天井高といい、寸法の設定方法、特に全体構成の寸法について、隈さんが普段どういうふうに検討しているのか、ということが大変興味深かったです。

このようなタイプの建築の方法を、僕はユニットストラクチャーと呼んでいますが、小さなユニットを組み合わせて全体を組み上げるという方法論のことで、その全体はどのような大きさにでも形にでもなるという考えがあります。要するにまずユニットの寸法を決めて、それを100個組み合わせれば、全体がある大きさになるし、1,000個組み合わせれば、また別の大きさになるというわけです。つまり全体から部分の大きさが決定するのではなくて、部分がまずあって、そこからどんな全体にもなりえるというシステムで、従来の建築の設計手法とは逆方向の設計手法だと、自分の中で位置付けています。

藤村 なるほど。つまり、全体の寸法は、部分の寸法の反復で決めているということですね。

今回は、最初に汎用性のある寸法体系をつくろうということで、まず60mm角の部材を使った500mmグリッドという寸法を規定したんです。それを建物のリクアイアメント(与件)に合わせて応用していくという手法をとりました。  建物の方は建物の方で、住宅地にあるという敷地の外的制約の中で、三層の建物にしたいという要望がありました。それだと、かなりギリギリの階高になるわけです。そこで三層吹抜けの空間をつくることで、低い天井高の空間があっても、全体としては記念棟にふさわしいような空間の質が担保できるのではないかと考えました。そこだけは崩さないようにして、後は敷地から規定される寸法体系と、ユニットという部分からくる寸法体系がぶつかった時に何が起こるかは、成り行きに任せるというやり方をしました。僕の設計方法は、そういうふうに、2つの方向から進めてきて、その衝突を観察することが多いです。

藤村 例えば菊竹清訓さんや妹島和世さん、坂本一成さんもそうなのですが、自らが信じる身体感覚みたいなものがあって、この寸法はよし、この寸法は駄目という基準を厳密に設定されているタイプの方がいます。しかし、隈さんの場合には、そのような身体感覚を基準とする寸法を設定されないということでしょうか。

基準とするディテールをつくる時は、自分の身体感覚でこの寸法がいいなということはあるけれども、建築物になっていく過程では、それがあまりないんですね。それは身体にうんと近いところに、自分の好き嫌いの寸法があって、それが大きな空間になっていく時には、快適なディテールさえ出来ていれば、全体の寸法が多少大きかろうが小さかろうが、僕の身体は許容するという考え方なんです。そこは菊竹さんたちとは、少し違うかもしれません。

藤村 菊竹先生の寸法体系というのは、そういう部分的なロジックを全体に組み上げる時に、自らの身体感覚を導入して全体性を引き締めるという効果をその寸法に求めていると思うのですね。隈さんの場合はモジュールの設定にこだわっていらっしゃるのですが、全体の構成や寸法の決定はモジュールという部分の寸法や、敷地といった外的要因に委ねて、他者に開放しているという印象があります。

そうですね。モジュールに関しては、気持ちいいモジュール、気持ち悪いモジュールというのがすごくあるんですね。例えばこの格子も、最初に色々とつくったモックアップを見て、60mm角で500mmグリッドというのが気持ちいいと思ったわけです。そういう1個のモジュールが出来れば、あとはそれを反復させて、どういうふうに全体が構成されていくかを楽しむ。それは一種の木割的なスケールの決定法なのかなと思っています。

統合しない統合の模索

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千鳥格子のディテール。60mm角という細い材に仕口加工を施し、3方向から組み合わせ、ねじることで、500mmピッチの立体格子を組み上げている

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敷地の制約により、各階の天井高は抑えられているが、3層吹き抜けの空間をつくることで、建物の記念性が表現された

藤村 隈さんの建築というのは、ある部分には非常に論理性を感じるのですが、全体構成を見た時には、そこはあえてバラバラになっているというか、統合させていないという印象がすごくあって、それはすごく不思議な感じがします。例えば屋根で統合するとか、庇で統合する、あるいは架構で統合するという構成論がありますけれども、そういう統合のロジックでの説明がしにくいなと思ったのです。そこでイメージしたのは、隈さんの設計は、かつてグレッグ・リンが提示した手法に近い設計手法、つまり、全体系のシステムは設定せずに、最初に部分的な「種」のアルゴリズムを設定して、全体に展開していくという、プログラミング型あるいは情報型の設計手法を無意識に用いられているのではないかということです。そういうモジュールへのこだわりは、どこから来ているのでしょうか。

例えば、コルビュジエは、「モデュロール」という言葉は使っていますが、今話しているようなモジュール型ではなく、もっと統合型の設計をやっています。日本では、池辺陽さんなどが盛んにモジュールということを言っていたけれど、あのモジュールというのは、僕の言っているモジュールとは全く違うレベルの話です。逆に、僕が師事した内田先生はBE論、つまり一つ一つのbuilding elementに着目していって、そこから建築を組み上げていきました。原広司さんも、若い頃はそういうBE論の研究をしていて、内田研究室出身の僕には、そういうエレメントから全体へと到達する方法の影響があるのかもしれないですね。
内田研的な方法の根っ子にあるのは木割の理論で、日本建築というものは、あるモジュールが設定されれば、お寺でも住宅でも公共建築でも、中の要求プログラムと周辺条件に応じて、いかようにでも内々の形を自由に変質していけるという柔軟性がある。自分は、そういうものを現代において再構築しようとしているのではないかと感じています。

藤村 内田研的なBE論と、その背景にある木割という伝統工法を、現代のコンテクストでバージョンアップされているんですね。

工法としては木割だけれども、材料的には鉄でもプラスチックでも何でもいいわけです。そこにある精神は、木割に見られるような構成要素の単位、それを僕は「粒子」と呼んでいますが、その粒子をどうするか、ということです。藤村さんが、情報型の物の組み立て方だと言ったのは、部分の大きさを決めておけば、そこから自動的に物が生成されるというような決定システムと、共通点があるということなんでしょうね。

藤村 この建築も含め、隈さんの作品を見ると、和風と捉えることもできるのですが、和風建築のメタファーだけではこういう感じにはならないという印象があって、何かもう1個メタファーがあるような気がしていたんです。確かに情報ということをメタファーにしていると考えると、隈建築の生成的な感じとか全体的な不定形な感じというのは、何かつながってくるように思います。
隈さんは、情報をメタファーにする建築を、どういうふうにご覧になっていますか。

僕はコロンビア大学に1985~86年にビジティング・スカラーという立場で在籍し、1994年に1年間ビジティング・プロフェッサーとして教えましたが、その10年間ぐらいが、コロンビア大学が一番面白かった時期だったと思います。グレッグ・リンもスタン・アレンもハニ・ラシッドもいたし、情報型の設計論をアメリカでリードしていた人々が身近にいたわけですね。
彼らは、パラメトリックに形態を生成していくという、情報論的なロジックが一方にありながら、出来上がった建築は、まだ粒子がベタベタしたものになっていた感じがしました。1つの粒から生成されているというよりは、自分がやりたいブロッブ的(有機的)なグニャグニャした形態がまずあったように感じたんです。僕は、全体よりも粒のパラパラさにこだわっていて、むしろそこの差異を守りたいと考えていました。彼らのコンピューターテクノロジーには適わないような気がしたので、こっちはまず粒から攻めていこうと考えたんです。

藤村 「ベタベタ」と「パラパラ」という対比は面白いですね。
最近、田中浩也さんや松川昌平さんが翻訳された『アルゴリズミック・アーキテクチュア』という本を読みました。原著者はコスタス・テルジディスという、ハーバード大学で教鞭をとられている方で、いわゆるコンピューター系の建築をやっている人です。ギリシャ人の彼は、その本の中で「アルゴリズム」という言葉の語源について解説していて、「アロ(allo)」というのはギリシャ語で「他者」という意味であり、「アルゴリズム」というのはコンピューターアルゴリズムという意味で使われる前に、論理的に他者を迎え入れるという思想を表わした言葉だったと書いています。いわゆる「アルゴリズミック・デザイン」というのが、ヨーロッパでは、「コンピューテーショナル・デザイン」や「パラメトリック・デザイン」というように、少し曲解されて流通しているのに対して、本来の「アルゴリズミック・デザイン」というのは、他者を巻き込んだり、外部を内胎する設計論であるとも言えるそうなんですね。
この話と先ほどの木割という話は、割と親和性があると思います。隈さんの独特な建築の粒子感と、そういう情報のメタファーというのは、そういうところを介していくと、つながっていくように感じました。

「アルゴリズミック」ってそういうことなんですか。面白いですね。
他者に開かれているということは、僕は昔からすごく興味があることで、建築を始めた時に原さんに憧れたのも、バナキュラーなものに対する関心があったからです。丹下健三さんは、やはり作家が持つ特権みたいなものを素朴に信頼しているところがあるわけで、そういうものに対するアンチテーゼとしての原広司に引かれたんですね。

藤村 原さんの場合、エレメントに関しては色々と調査していけるのだけれど、建築として統合する時は、どうしても個人のイメージがなくてはいけないと。だから原さんはいつも飯田の谷を思い出して、谷のイメージで統合していくと言っていました。しかし、それに対して隈さんは、「非統合的統合」と言うか、統合しないかのように統合する、みたいなやり方を模索されているのではないかと思います。

それはそうですね

藤村 こういうふうにお話を伺ってくると、やはり隈さんの建築には、和風というメタファーだけではなくて、情報というメタファーが重なっていて、それが独特な開放性の表現になっているところがあると思いました。

設計の連続性

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3層吹き抜けの空間の見上げ。千鳥格子に包み込まれた空間は幅10m、高さ9mで、巨大でありながら、スポンジのような多孔構造を成している

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外装から内装へと連続する千鳥格子が、ガラスの存在を消し、壁という境界を曖昧にしている

藤村 隈さんがモジュールを反復させるというボキャブラリーを使われることでは、事務所内での設計の進め方にも特徴があるのかなと考えたのですが、所内のコミュニケーションはどのようにとられていますか。

議論・ミーティングはなるべく模型の前でやるということや、チーフの立場の人間ではなく、実際に中心になって設計している人間と僕が直接話し合うということはあります。  でも、僕の事務所で特徴があるとすれば、この方向で設計を進めていってもうまくいかないと思う時も、しばらくは担当者に勝手にやらせておくということがあります。そうすると、コストの問題や、クライアントからの反応などで、必ず破綻するんです。その破綻を待っているというところがあります。

藤村 それは何かクリエイションのきっかけにするということですか。

そうです。その破綻の仕方が、次の新しいディレクションが見付かるきっかけになることが多いからです。途中で無理に修正しても、そのために発見する契機を失ってしまうので、気付いた時に微調整をしないということです。

藤村 それは後からみると、破綻前と連続したストーリーになっているのですか。

後から見ると連続した形に見えますね。藤村さんも、設計上の連続性を大事にしているようですね。

藤村 私は建築の設計を論文の作成みたいにやろうということで、最初に作業仮説があって、いろいろ試行錯誤の中で変化していったとしても、常に連続している論理の流れで説明することを意識しています。こういう流れだからこうなったということを関係者で常に共有しながら設計しているところがあるんですね。それは隈さんの進め方と、すごく近いと思います。それまでの設計を途中でひっくり返して進めていくというクリエイターとは違うタイプです。

僕は、その設計が破綻した時に、何でうまくいかなかったかという過程を皆で共有して次に進むことは、一種の蓄積になると考えています。実はそういう過程の共有が、設計を進める上で大事だと感じています。

藤村 失敗した時にそのプロセスを共有していれば、形の上では非連続に見えても、プロジェクトの中で守らなければいけないある種の規範みたいなものが共有されるので、作業面での連続性が保たれていることになります。ですので、それが重要というのはすごくよく分かる気がします。
今のお話を伺って、今日拝見した建築のことを、背景も含めてよりよく知ることができ、大変勉強になりました。どうも有難うございました。

隈 研吾Kuma Kengo

隈 研吾

1954年 神奈川県横浜市生まれ
1979年 東京大学建築学科大学院修了
1985~86年 コロンビア大学客員研究員(米)
1987年 空間研究所設立
1990年 隈研吾建築都市設計事務所設立
2001~09年 慶應義塾大学教授
2007~08年 イリノイ大学客員教授(米)
現在 東京大学教授

<近年の主な受賞と作品>
2001年 村野藤吾賞(那珂川町馬頭広重美術館)
2005年 マーブルアーキテクチャーアワード2005(長崎県美術館)(伊)
2007年 Detail Prize 2007スペシャルプライズ(ちょっ蔵広場・宝積寺駅前グリーンシェルター)(独)
2008年 エミレーツ・グラス・アワード 公共建築部門(サントリー美術館)(英)
2008年 エネルギー・パフォーマンス-アーキテクチャー・アワード(仏)
2010年 毎日芸術賞(根津美術館)

藤村龍至Fujimura Ryuji

藤村龍至

1976年 東京都生まれ
2000年 東京工業大学工学部社会工学科卒業
2002年 東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了
2002~03年 ベルラーヘ・インスティテュート(オランダ)
2002~05年 ISSHO建築設計事務所共同主宰
2003~08年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程
2005年 藤村龍至建築設計事務所設立
現在 東洋大学講師、東京理科大学非常勤講師

<主な受賞と作品>
1999年 国際連合学生設計競技「Society for All Ages」Semi Finalist*
2000年 SxL住宅設計競技「小堀遠州の家」最優秀賞*
2002年 SxL住宅設計競技「アインシュタインの家」佳作
2008年 第29回INAXデザインコンテスト審査員特別賞(BUILDING K)*
*共同作品

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